本編1:サラトナグのお仕事
気ままに暮らす時最も幸せだと思うのは、
気がすむまで寝て、自然と起きて、太陽は既に昇りきっていて、その日の予定は何もなく、大地がおはようと優しくを声をかけてくれた時。望むのならばもう一度目を閉じて、微睡みの世界へ落ちてもいい。そんな穏やかな朝が、何よりも心地よい。
だから、きいきいと妙にうるさい声が眠りを朝から妨げるというのは、何よりも気分が悪いのだ。
「ええいなんだ鬱陶しい!!誰だこんな朝早くに!!」
折角静かな森の中に建てた家なのにもかかわらず、妙に耳に響くつんざくような声がする。初めて聴く声だが、意思の類が感じられる声ではない。獣だろう。
愛する種子たちが詰まった外套を羽織り、家の外を見てみる。庭に咲き誇る様々な美しい花々は風に揺られ、敵が触れると即座に飲み込む可憐な娘達は特に動いた様子もなく眠っていた。
未だ声はする。毒草の生えている家の裏手の方向だ。もしかすると、断末魔だったかもしれない。
「ははぁ...?なるほど。食いしん坊さんの仕業かい。しかし、かわいくないね」
ウサギに近い。が、ウサギではない。耳が長く、飛び跳ねるのに適した様な後ろ足。
しかし、体の半身にのみ黒い体毛。残りは魚の様な鱗に覆われ、額には角が生えている。眼球も、まるでサターニアのような色合いだ。
触れた感触は柔らかい。すでに体力がないのだろう。異常なほど早く動く心臓の音のみで、鳴き声は上がらない。大きく痙攣し始めた。もうじき死ぬだろう。
折角なので、見開かれた目から眼球を抉る。ぽっかりと空いた二つの眼孔。熱いくらいの体温とべっとりと手に付着した体液が気持ち悪いが、眼球は中々に美しい。
家の裏の日陰に種をばら撒き育てていた毒草を誤って食べてしまい死んだのだろう。ところどころ荒らされた跡が少々苛だたしいが、もう死んでしまった相手だ。怨みを晴らすまでもない。
「...安らかにお眠り、兄弟」
後は大地に還るだけだ。愛しい娘達に投げやると、先程まで眠っていたのが嘘の様に瞬時にトラバサミの様な葉で挟み潰し、美味しそうに食事している。まったく、なんと可愛いのだろう。
自室に戻り、サターニアに関する書物があったか探す。記憶ではない。だが、あのウサギの特異な点が酷似していた。
やはり書物はないが、あの様な特異な生き物が一体だけとは限らない。もし、大量に発生したならば...
「...大いなる母が、あの様な醜い生き物を作るはずがない。
ふぅむ。どうせ人か背反者がやらかしたか。まったく、なぜ過ちを犯してまで何かを作ろうとするのか...何年生きても僕にはわからんなぁ」
腹ごしらえをするとしよう。そうして、とりあえず近隣の村の様子を見てくるとするか。
清い水で喉を潤し、花の蜜を舐める。村で買ったパンを食べる。酸味の強いベリージャム。昨晩作ったポタージュ。大好物の煌蘭の砂糖漬けは小袋に入れて持って行こう。甘い物は活力の元だ。
勿体無い気もするが、死ぬ気は無い。庭の可愛い娘を一人連れて行こう。薬草も、灯りも、毒も、魔力も十分だ。
「可愛い娘さん、僕とお出かけしよう?デートだ。美味しいディナーがあるかもしれないよ」
先程のウサギもどきを食べ損ねた娘さんに声をかける。一人が頷き返した。
その娘さんの手を取り口付けると、娘さんはみるみる葉を枯らせ頭を垂れ、乾燥した約300程の種子を残してくれた。
娘さんのいた位置にもう一度いくつか種を植え、残りの小さな子供達を懐にしまい込む。
「ふふ、何年分かな。僕より大きくなっていたからね。ありがとう、ここまで育ってくれて。
じゃあ、みんな行ってくるよ。またしばらく戻らないかもしれないから、お留守番よろしく」
大地を伝い、加護の力が湧き上がってくる。
大いなる母が、助けてくださる。
家に背を向け念じると、家の周囲から巨大な蔦が何本も現れ、家の周りを頑丈に覆い尽くす。
庭の美しい花々の囲いからも何者も立ち入れぬ様に蔦が天井を作る。
凶暴で愛らしい腹ペコな娘さん達はさらに巨大になり、こうして僕の家は、主人の帰宅を待っていてくれる。
「ええと...とりあえず北の泉の村でいいか...一番近いしな。うん」
愛する母と娘達を信頼し、僕は旅に出る。
目指すは北の泉。
現在地:黄緑
大きな川、湖、沼:水色
外交用港:オレンジ
場所移動したらその都度書き込み増やしていきます