本編3:サラとアレスのお仕事
朝日が昇る。湖と朝露が煌き1日の始まりを崇め讃える。窓、カーテンの間から差し込む光の筋に射抜かれ、青年は目を覚ました。
早朝の静けさはわずかに肌寒い。青年はベッドを名残惜しみながら、自身の商売道具でもある濃紺のコートを羽織った。
自分の眠っていたベッドを見ると、昨晩にはいなかったはずの人物がそこにいる。いつ入って来たのか、なぜ一緒に寝ているかは全く分からぬまま、とりあえず掛け布団をかけ直してやり、部屋を出て行った。
残された人物が目を覚ましたのは、2時間は経過した後だった。先に部屋を出て行った青年とは打って変わって、非常に目覚めが悪い様子。しばらく部屋を眺め、漸く自身がどこにいるのか理解したのか、もぞもぞと緩慢な動きで眼鏡を探し始めた。
「...おはよう、あれす」
「よう。おはようさん。遅かったな」
「あさはにがてでねぇ...ふぁーあ。ごはんは?」
「女将が用意してくれてる。待ってろ」
「うん...うぅ、君が途中からいなくなったから寒くてね...」
「そりゃあんな薄着で寝てればな...なんで潜り込んでくるのか納得いかねぇが」
「自分のベッドがあまりにも温まらないから...だるくて...」
「身勝手過ぎるだろうよぉ」
宿屋の食堂では、人間の青年アレストはすでに朝食を終え、国内の地図を広げて旅の経路を練っていた。遅れて現れた精霊のサラトナグは、普段から跳ねた髪をいつも以上にボサボサにしたまま、眠そうにアレストの隣へ腰掛ける。
宿屋の女将が持って来た暖かい食事に礼を言い、ちびちびとスープを啜る
「ここの女将はいつも野菜料理を作ってくれるからありがたいねぇ...」
「なんだ、一応来てはいるのか」
「うん。ここの人は僕をサッちゃん先生と呼び親しんでくれるよ」
「サッちゃん先生...!?」
「僕の呼称なんてどうでもいい事さ。ほら、道を決めたらささっと出発だ」
パンをモグモグ食べながらだらしなく地図を眺める。他者が見れば一体どちらが歳上なのかわからない事だろう。
アレストはその光景にもう慣れたのか、別段何か気にする様子もなくいたって自然に会話をし始めた。
「恐らく、2日3日はかかるか。寝ずに最短距離で行けば明日の昼には着くかもしれねぇが、俺が耐えれないからな。馬もかわいそうだ」
「いいよいいよゆっくりで。行動は早いに越したことはないけど、焦って良い事なんて大抵ないのさ。絶対に何かが起きる」
「一応、近くにルートグランがいるかもしれないって言ってた場所があるぜ?寄って行くか?」
「行かなくていいよ。情報提供が僕への依頼だ。あんまり彼には会いたくない」
パンを乱雑に噛みちぎり吐き捨てるように言った。珍しく眉間に僅かにしわを寄せ、見るからに不機嫌そうな表情でそっぽを向く
「...何かあったのか?あんたがそんなに嫌う奴、あんまり聞いたことないな」
「君が気になるっていうなら昔の話をしてあげてもいいけどね。まぁ、なんにせよ合わないのさ。女将さん、ごちそうさま」
食事を終え、席を立つ。アレストもそれに続き地図を片付けて席を立った。
客室の荷物を取りに行き、身支度を整えて宿屋を後にする。馬小屋に預けていた馬と荷馬車を受け取ると、普段は美術品などを載せているであろう荷台には既にクッション用か牧草のようなものが敷き詰められていた。サラトナグは荷台に寝転がる。アレストは手慣れた手つきで馬を撫で、御者台に乗る。カタカタと音を立てながら、整備されきれていない街道へ進んだ。
「草の香りと太陽の暖かさ...最高だねぇ...ありがとう、アレス。よく眠れそうだ」
「一応お偉いさんだからな。護衛だけ頼むわ。後は大人しくしててくれ」
「任せておくれ。それで...どうしようか。道中吟遊詩人の真似事で昔話でもしようか?」
「一応聞くが、いつ頃の話だよ」
「大戦中さ。今はもう、どこにも残ってない御伽噺だよ。僕とルートグランがどうして仲が悪いのかは、その頃の話だからね」
「じゃ、参考までに聞こうかね。年寄りは昔語りが好きだからな」
「はは、接待感謝するよ。まぁ、僕も所々あやふやだけどね。街に着くまでにどれだけ話切れるかな...」
気の抜けた欠伸をし、指折り数える。もう一千年近いのだね、と呟いた。
「君が聞いてどう思うかはわからないけど、僕と彼の仲違いは、痴情の縺れさ。僕と好き合っていた女性の事を、彼は愛していた。
今じゃ書物もないし、信憑性もない話だ。年寄りの冗談だと思って聞いてくれ」
アレストはなんの返事もせず、僅かに相槌を返すだけ。馬の足音、荷馬車の軋む音に張り合うわけでもない声量で、昔話は始まった
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今回は短め。次回も短め。サラトナグさんの若い頃のお話を道中で何個かして行く予定です。
内容がない割にそれなりな文字量なのが謎です。
アレストさんはアレス、サラトナグさんはサラ、と短縮して呼ばれます。あっくんサッちゃんとも呼ばれます。