ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

本編7:サラとアレスのお仕事

話が殆ど進んでないけど二人の仲はちょっとばかし進んだ。

 

 

 

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 カーテンが締め切られた宿屋の一室。寝台には一人の青年。

青年がゆっくりとした動きで眼を開き上体を起こした。薄暗い部屋を見回すが、今が何日で何時であるのかを確認できるものは無い。

「...どれだけ、寝てた?」

一人呟くが答えを返す声はあるはずもなく。大抵の場合、行動を共にしている精霊がどんなにくだらないことでも返事をする事が当たり前になっていた中、その静寂は青年に僅かながら寂しさを与えた。

 

青年は極度の疲労と睡魔により眠りに落ちたはずだった。眠りに落ちた直前の事を思い返す。

 

今までに見た中で最も機嫌を悪くしていた精霊サラトナグ。普段は何をしても感情を荒らげる事が無い彼が、何故。忘れかけていた彼の地位を思い出す。一応、この国の上層に君臨する精霊だ。少々勝手な真似をしすぎたのかもしれない。

明確な理由はアレストにはわからない。しかし、思い当たる節は多々あるのだろう。ぼぅっと謝罪の言葉を考える。その言葉がどれだけ人でないものに通じるかはわからないが、しないよりはマシだろう、と。

 

ふと、自分がなんの衣類も身にまとっていない事にようやく気がつく。眠る前、何度も嘔吐をし衣類を汚した。体も汚した。部屋も汚した。

しかし現在その痕跡は一切残っていない。自分の体を嗅いでみても、あの女性の家で染み付いた匂いは微塵も残っていない。

代わりに、爽やかな花の香りが仄かに感じられる程だ。極めて細かく匂いの上書きをされたのだろう。眠っている間に何が起きたのか知る術はないが、身体に痛みはない。それだけでアレストにとっては十分だった。

 

寝台から離れたテーブルの上に、青年の衣類が綺麗に畳まれて置いてあるのが見える。立ち上がり取ろうとすると、足首に何かが絡んでいるのか、動かすことはできない。表情を変える事なく、アレストは布団をめくる。

 

蔦。太い蔦。寝台の脚からアレストの左脚へ。引き止める様に絡みついているその蔦は、引きちぎろうと思えば千切る事が出来る程度の硬さだ。長さは、寝台から降りても歩く事が出来ない程度。

サイドテーブルにはコップと水差し。それに加え爽やかな香りのする花が活けてある。喉は乾いたが、動かなければならない欲求はない。

 

水を一杯飲み干し、アレストはもう一度布団へ潜り込んだ。

 

 

 

 

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暗い部屋の中で、どれだけ目を瞑ったところで。眠れない時は眠れない。

頭が冴えてしまって、身体が微睡みを拒否するかのような。暗闇にはとうの昔に目が慣れ、うっすら届くカーテン越しの星明りでも明るく眩しいものに思える。

 

静かな夜に、静かな足音。重い音ではないが、確かにコツコツと、音がする。

アレストがすっかり覚えてしまった、精霊の足音。眠る者を気遣う慎重な足取り。音を立てぬ様ゆっくりと開かれる扉。決して灯される事のないランプを置く音。一呼吸置いて、ゆっくりと近付いて、寝台の軋む音。冷たい手が髪を撫でる。そしていつも額に唇を落とす。

 

いつも。それはいつものこと。

アレストが先に眠ると、必ずこの精霊は同じ行動をする。慈しみ、優しく髪を撫でる。まるで夜更けに母が子を寝付かせる時の様に。そしてアレストも、その行動で目を覚ましながらも目を瞑り続け、サラトナグを受け入れる。

アレストが起きていることをサラトナグが知っているかどうかはわからない。それでも続くのだ。

 

「...ごめんね」

 

「僕はまた、君を守ってあげられなかった」

 

髪を撫でていた手は、するりと頰へ。

再び寝台の軋む音が響く。腰掛けていたサラトナグが、更にアレストの近くへ寄る。顔を覗き込める覆い被さる様な体勢へ

 

「こんなに美しい君に、傷を付ける事しか出来なかった」

 

珍しく、少し、震えた声で。まるで懺悔する様な素振りで。

もう一度顔を寄せ、今度は頰へ唇を落とした。ゆっくりとした動作で離れる。名残惜しむかの様に、ゆっくりと。

一度、大きなため息の音が部屋に響き、サラトナグは立ち上がる。サイドテーブルに置かれた花を取り、掌で枯らす。もう一度別の花を一輪手に咲かせ新しく活けた。

 

甘い、蕩けるような香り。官能的にさえ感じる香りが、爽やかな香りに包まれた部屋を徐々に塗り替えていく。サラトナグは水差しを取り、部屋を後にしようと扉へ向かった。

しかし、向かえない。歩んだ瞬間、何かが引っかかるのだ。振り返ると、黒いコートを手が掴んでいる。

 

「...アレスト?起きているのかい?」

もう一度水差しをテーブルに置き、様子を伺う為に近付いた。

再び寝台を軋ませ、完全に体重を寝台へ預けたその時、腕を掴まれ急に布団の中へ引きずりこまれた。余りにも急で声も出ない。細いサラトナグの身体は、いとも簡単にアレストの腕の中へ収まっている

 

「...起きてたのかぁ」

「逆に聞くが、寝てると思ってたのか?」

 

大きな身体にすっぽりと。頭は胸元へ。温かくしっかりとした男性の胸板に、少し恥ずかしがるように擦り寄った。中途半端に布団からはみ出た足をもぞもぞと動かし、靴を脱ぎ、二人で入るには少々狭い布団の中へ押し込んだ

 

「だって、目を開けなかったじゃないか」

「サラ、お前、ジジイの癖に他人を信用しすぎじゃねぇか?あんだけ触っても起きないのはな、むしろ寝てるフリだよ」

「そうなのか...僕はされても起きない自信があるから...」

「それは鈍すぎだ」

 

サラトナグの頭を、アレストが撫でる。サラトナグが撫でたような壊れ物を扱う様な優しげな触れ方ではなく、ポンポンと、少々乱れた長髪を梳きながら我が子を褒める様な気安さで。

 

それに応えるようにサラトナグはアレストの背中へ腕を回す。更に近く、密着し、足を絡める。決してアレストは拒む事なく穏やかに微笑み、体温を求めるかのように縋り付く青年を撫で続けた。

 

 

どれだけ無言の時が続いただろうか。

どれだけの間、声も涙も出さず泣いていた青年をあやしていただろうか。

サラトナグの方から、ポツポツと話し始めた。アレストはわずかな相槌を打ちながら、黒くふわふわと跳ねる髪を梳き続けた。

 

 

「マーチャルには、僕も会ってきた。君にした事も全部問い詰めた。やり過ぎた、と不満気に謝罪していたよ」

 

「彼女は君を気に入っていたから。僕が君を取っていったのが不満だったみたいだ。ちゃんと叱って置いたからね。もう手荒な真似はしてこない筈だよ」

 

「彼女とは美的感覚は合うんだけど、趣味がどうも合わないからなぁ」

 

そこまで話した辺りで、サラトナグから笑みが溢れる。それを見てアレストは撫でていた手を離した。ようやく顔を上げ、二人は視線を合わせる。うっすらとしか輪郭の掴めない中、黒と紫の瞳はくっきりと浮かび上がる。互いに笑い、互いの頭をワシャワシャと撫であった。

 

ごそごそとサラトナグが動くと、当たり前の様にアレストは腕を伸ばし枕を作る。眼鏡を外しテーブルに置き、まるで仲睦まじい恋人同士の様に寄り添い合う。眠る事は無く、明るい調子で語らいを始めた

 

 

「伝言は聞いてなかったけど、満三月百合は渡したよ」

「ああ...何のことかさっぱりだった。マダムの機嫌を損ねると商売ができなくなるから...助かった」

「知らないよねぇ当然。これはね、別れを惜しむ恋人に渡す花だよ。彼女はきっと違う風に使うんだろうけど」

クスクス、と幼げな小さな笑い声。アレストの唇に指を当てて笑う。

「あれはね、使った相手を廃人に貶める程の強力な自白薬の材料さ。よかったね、君が使われなくて」

「冗談じゃねぇ。流石に反抗するわそんなもん盛られたら」

「それ以外を受け入れてしまった癖に。まったく、彼女をあんまり信用しちゃいけないよ。

 

彼女は商人としての腕は確かだが、手段を問わない女性だよ。彼女はお気に入りを見つけるとあの手この手で蝋人形にして飾ろうとするんだ。危なかったねぇ」

「は?それ作り話じゃねぇのかよ」

「本当だよ。昔、彼女のコレクションを盗もうとした盗賊一味をひっ捕らえて、噴水広場で公開蝋人形作成ショーをしたんだ。流石に止めたけど、コレクションに彼らが入ったのは事実だね」

「マジかよ...冗談半分に思ってたぜ...」

「今は丸くなった方さ。

君が食べたもの、結構変なもの入ってたね。気をつけるんだよ」

 

布団の中でスルスルと細い腕が動く。アレストの腰と腹を撫で、イタズラするようにつついた

 

「手荒な真似をしてすまなかったね。代わりに色々と詰め込んで置いたから体調は良くなる筈だ」

「色々...?」

「はは、気にしない方がいいさ」

「...」

「ああそうだ!マーチャルから君へのプレゼントを買ってきたんだった!おいで!」

 

夜中だというのに、よほど伝えたい物なのか、サラトナグはまるで子供のように笑顔を輝かせながら布団から飛び出る。アレストの服が置いてあるテーブルへ向かうが、アレストが動く様子はない。

アレストは布団をめくり、自らの脚にからむ蔦を指差し見せた。

 

「持ってくるか、外せ」

「ちぎっても、君が起きたことが僕に伝わる程度の物だよ?外さなかったのかい?」

「あんたがここにいて欲しそうにしてたからな」

 

ニヤニヤと、挑発的に笑うアレスト。驚いたように目を見開くサラトナグ。

途端、アレストの端正な顔に勢いよく服が投げつけられる。

 

「ふふん!調子に乗るんじゃないよ若造が!まぁちょっとは嬉しいさ!ありがとうねっ!!!」

「おうおう、どういたしまして、だ」

 

左脚の蔦はシュルシュルと解け、縮んでいく。ようやく自由になった脚を肌着に通し身に纏った。

その動作が終わったことを確認し、何かを後ろ手に隠しながらサラトナグは近づいてくる。

寝台に座るアレストは、少々見上げながらサラトナグの表情を伺った

 

「じゃじゃーん、と。どうだい?」

アレストの額に、重く、冷たい何かが当たる。それは黒く、金の装飾がなされた金属の塊。国内では余りにも高価で幻の品とも呼ばれる、この国で最も優れた兵器。

 

魔導銃。どちらとも無く言葉が溢れた。

 

 

「...それを誰かに渡す、っていうのは、あんたにとってどんな意味が?」

「愛している、という意味さ」

「そりゃあ...これ以上ない誉れだな」

 

突きつけられた銃口に怯むこと無く、アレストは手を差し出した。その手に乗せられる、重厚感のある塊。一体どんな材料で、どのようにして作られているのか。一介の商人が知れる情報ではない。大抵の商人が一生かけて金を稼いでも手に入れることのできない逸品。見ることすらできない、この国の文明の結晶。

 

それは、奇しくも目の前の精霊と同じ色をしている。

 

「時間をかけて、僕の魔力を全力で注ぎ込んだ。おかげで疲れたよ。

 

弾数は6発。反動は小さい。打てば魔力が対象を消滅させる。大抵どうにかなるだろう。

巨木も蔦も生える。君の槍になる。命令は聞かないかもしれないが、どんな形であれ、【君を守る】ように命じてある。安心して使うといい」

 

「色々聞いてきたけどね、僕一人では君を守りきれないかもしれない。

だから。この子を頼ってくれ。自分の身は自分で守れ。生きるんだ。どんな手を使ってでも。いいね」

「...ああ。勿論、サラトナグ」

「約束だよ、アレスト」

 

 

魔力を溜め込んだ魔導銃は幽かに光を帯びている。金の装飾が煌めいた。

手に馴染ませるように、引き金に手をかける。留め具を付けたまま引き金を引いても、何も起こらない。

 

「何かを壊したい時にだけ。君が使いたいと思った時にだけこの子は生きる。それ以外はただの美術品さ。

銃と違うのは、君の【意思】でしかこの留め具は外れない事。強大な力だよ。使い道を誤るな」

「その信頼に応えないわけにはいかない。こんな物、手に出来る日が来るとは思わなかった。

約束する。俺にとって正しいと思った時にだけ、引き金を引こう」

 

その銃を枕元へ置き、手招いた。

黒と金を纏う精霊は、大人しくアレストの腕の中へ収まる。花の香りと鉄の匂い。混ざり合い溶け合った。

 

 

「サラ、お前が求める対価は、一体なんだ?」

 

笑った。

 

「もう貰ってる。

僕に、ついてきてくれた事。それだけだよ」