ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

夜の戯れ、月の下。

戦争時代の、サラトナグさんと、聖女様もといマリーシャさんの、密会の一幕。

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ぱしゃり

爪先が、水面を弾いた。
泉に映る月が揺らいで、真っ黒な影が現れた。

 

「今夜は、来てくれたのね、王子様」
「王子様なんてガラじゃないよ、僕は」
「そうかしら」
「そうだよ」

 

月の光を浴びて神々しくさえ見える彫刻のように美しい顔立ちをした少女が、森に囲まれた泉の上に立っていた。


長い金色の髪を揺らめかせ、ほとりに現れた黒い影に蒼い瞳を向ける。
黒い影の少年は穏やかな笑みを浮かべて、少女を眺めていた。

 

「今日も、君は綺麗だね」
「貴方も素敵よ」
「そうかな?」
「あたしが言うんだもの、そうよ」

 

少女はまるで重さがないかのような足取りで、軽やかに、羽根を持つように、水面を滑り、少年へと近づいた。軌跡が小さな揺らぎとなって、静かな夜に囁くような水音を立てた。

 

「あなたも、どう?」
「僕は君ほど水に愛されていないよ」
「あたしが許すわ。おいでなさい。
女性を一人で踊らせるなんて、貴方はしないでしょ?」
「参ったな。僕は王子様じゃないんだよ」
「あたしが王子様にしてみせるわ」


少女は少年へ手を差し伸ばした。白磁の肌が月に映える。

少年は困ったように、しかし嬉しそうにはにかみ、その手を取った。

 


少女は少年を水面のステージに誘う。それはただの水であったが、確かに少女と少年は水面を滑り歩いた。

 

「そう、手はこう。ふふ、様になってるわよ」
「そうかなぁ…自信がないよ」
「あたし、ダンスは得意だったのよ。最初はあたしがリードしてあげる」
「本当に?じゃあいつかは、僕が君を。」

 

手を取り、腰に添えた。

二人きりの泉で、月の下、見つめ合う。少女の声に合わせ、波紋を描きながら脚を運ぶ。

足元を、互の目を、ふわふわと視線は動き、口元に笑みを浮かべて二人は踊る。

 

「上手じゃない」
「先生が上手だからね」
「そうやってあたしで上手になって、また色んな子をこの腕に抱くんでしょ?」
「意地悪な事を言わないでよマリー。僕は君を…」
「…あたしを?」

 

試すような蒼色に、少年は目を瞑り、見上げて来る少女と唇を合わせた。少女は拒む事なく、むしろ歓迎するように少年の首へ腕を回し、目を閉じた。

 

「…女性を踊らせてあげられるようになるまで、君以外と踊る事はないよ」
「ええ」
「僕の初めてのお姫様に、なって欲しいな」
「…ふふ。当たり前よ、あたしの王子様」


そしてもう一度、踊るために組み直す。距離は近く、心も近く、交わる事なく。

 

「あなたと一緒にいると楽しいわ」
「そう言っていただけて光栄さ。僕も楽しいよ」
「ねぇサラ」
「なんだいマリー」
「今日は、このまま終わってしまうけれど、」
「うん」
「悪くないわね」
「そうだね。僕も嫌いじゃないよ。
…でも君のことだ。次はきっと、」
「ふふっ、そうね。そうだと思うわ」
「今日はいいのかい?」
「ええ、いいの。今日は静かに終わりましょう。あなたに乱されるのは、次の楽しみに取っておくわ」


少女は手を離し、少年を泉に残してほとりに降り立つ。

残された舞台の上から、少女の舞うような足取りを、楽しげに揺れる金色を眺めた。

 

「そろそろ戻らないとね。聖女様に」
「君も僕のようになってしまえばいいのに」
「それは、望まれていないのだもの。だからダメなのよ」
「…そうだね。君は立派だ」
「あなたがいてくれるから、よ」

 

少女は少年を見た。真上を過ぎ去った月は、泉に立つ少年を照らさない。黒い影が、あるだけ。少女の鼓動はひとつ、大きく跳ねる。

少女は楽しそうに笑った。


「ふふ」
「どうしたの?」
「いつまでもそこにいたら、危ないわよ?」
「えっ?っ、わぁああっ!!??」

 

大きな水飛沫を立てて、少年は泉に落ちた。支えていた静かな水面は激しく揺らぎ、何も映さない。

 

「あはははっ!またね、サラ!」
「ぷはっ、もっ、このっ、マリーシャー!!!」

 

少女は森へ消えていった。少年はずぶ濡れのまま、少女の消えた方向を見つめる。白い背中。輝く背中。楽しそうな無邪気な笑い声。


「…君の笑顔が、僕の支えだよ」

 

 

ぱしゃり。
水が揺らいだ。
少年は自ら泉に身を沈めた。
星空を見上げた。
冷たい水が、揺らいで、視界を歪めた。

 

少年は目を瞑る。
息が続く限り、清水に浸り、静かに、光を想った。