ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

吟遊詩人の歌

吟遊詩人の詩(随時更新)

[慈しみの冬、隻腕の御業]

 

[傍立った者の手記]

 

 
貴方は歓楽街に訪れた。酒を飲もうとしている。目の前に無数に立ち並ぶ酒場がある。貴方なら、どこに立ち入るだろう。何で店を選ぶだろう。
 
価格の安い店?酒の旨い店?客の少ない静かな店?それとも主人が美しい店?上等な踊り子の店もある。精霊の多い店、人間の多い店、夜の友に出会いやすい店もあるだろう。歓楽街に訪れる者はそれぞれが、それぞれの望むモノのある店に行く。
 
吟う詩人で店を選ぶ者もまた、よくいるものだ。
 
 
国を愛する明勲精霊達が集まる店があるという。仕事のことを語りあえるのは、同じく明勲精霊である者だけだということを、彼らはよく知っている。だから彼らは同じ場所に集まる。自然と。自然とその店は華々しく、それでいて清い場所へとなっていった。喧騒などない…ないはずだ。あった時にはそれはもう、強者同士の争いだ。どうなるものかわかったものではない。しかし酒の席。酒場の主人の思い虚しく、起こるときは起こるのだ。
 
「この国で一番危険な場所?そんなの決まってる。月が真半を過ぎたころの、この店さ」
 
と、主人は語る。そんな店で、今日も笑顔で竪琴を爪弾く者がいる。澄んだ声色で吟う者がいる。
 
「そこな精霊さん!次は何を吟じませう!」
 
誰よりも美しく吟う者がいる。朝日が昇るころまで、吟う者がいる。
 
「なんでもどうぞぉ!といっても、我らが精霊、その美しき辿り路。そのような詩しか口遊めぬ者でございますが!」
 
悪戯な指先が、ぽろろん、と弦を弾いてみせた。
 
 
 
 
 
[慈しみの冬、隻腕の御業]
 
 
終わらぬ旅路。彼等は千里を行き、そして朽ちるところであった。
かつての花園は枯れ、嘆きの声が満ちた。焼き尽くさんと覆う黒雲が、彼等の清き涙を黒い雨で塗りつぶさんとしたのだ。
 
「ああこれが黒き雨。滅びの雨だ。さぁ皆祈ろう。せめて大地に染み込むものが、後の時代を蝕まぬように」
先頭を歩く男がそう言った。
「見上げなさい。今こそ顔を上げなければ」
女が言った。彼等は祈りを捧げた。その想いたるや、なんと切なるものか。彼等は祈る。彼等はかつての花園を想い、ただ想い、尊き命として清浄なる未来を願った。
 
 
「その願いは叶えられることでしょう。冬は必ず終わりを迎え、暖かな春に包まれる。その巡りは必ずや、貴方たちを育むのだから。冬は、必ず、貴方たちを護るものであるのです」
 
冬が訪れた。彼等の元に凍てつく冬が!信徒のもとに、慈しみの冬が舞い降りたのだ!
 
「ああ雪が、我等を包み覆い隠したもうた!」
真白の雪が、彼等の世界を凍らせた。刻すら凍える静謐の冬。
「春の訪れ。その雪溶けるその日まで。土の下、眠りなさい。萌ゆる芽の夢を見て」
冬の声はそう告げた。静かな冬の訪れ。かつての民となりし彼等は冬を愛した。その冬は民を護り、黒き雨を閉ざした。
 
「おお冬よ。お応えください冬の主。冬はいつまで続くのでしょう。芽吹きの時は何時ぞやに、我等に陽光は注がれるのか」
民は乞うた。
「もう明日の食料も厳しく、民は飢えを凌ぐことができそうにもございません。」
民は祈り乞うた。老いも若きも、男も女も、赤子さえも。信徒はただ祈った。冬からの兆を待った。
「愛しき信徒。聖の民よ。汝等の祈りは叶えられることでしょう」
 
そして時は訪れた。冬は御業持ちし者、春の者を導かれた。
「敬虔なる民。そなたらが痛み分つことはない。よくぞ耐え、争うことなく信じぬいた。さぁ満たしなさい」
御業持ちし者はその腕を民の前で落として見せる。そして分け与えたもうた。骨は幹、血は葉、そして肉は果実となり。その血肉は民の腹を満たし、民に豊穣をもたらした。
「春が訪れた!春が訪れた!兆あれば、大いなるものは我らを決して見捨てにはならぬのだ!」
歓喜に満ちた民。雪解けは民に光を指し示した。
「愛しき信徒。聖の民よ。汝等の祈りは叶えられた」
「敬虔なる民。そなたらは行かねばならぬ。実りがそなたらを待つだろう。そなたらは巡るもの。決して捕われぬ者であれ」
 
民が目指した先。その光の中に、冬は溶けた。隻腕の御業、春の豊穣もそこには在らず。民は祈り捧ぐ。伝え紡ぐ。御心は我らを愛し愛され護りゆくものであると。かつての民は詩紡ぐ。冬の腕は我らを護るのだ
 
 
 
 
「かつての民、その末裔にございます。この詩、聴いたことはありますかな?我が民の間で謡われていたものですから、知らぬやも、ですな。さてはて。何時ほどの詩か。それはわからぬ話です。ただ伝え紡いだ。それだけに過ぎぬ身ですゆえ…しかし御心は。貴方様にもあるとだけ。それが確かな話でございまする。
 
さぁ。次は何を吟じませう?」
 
 
 
 
[傍立った者の手記]
 
 
風そよぐ丘で その者は語ろうた
「愛しき子 汝らの 問い応えよう」
ひとつ 人の子が問うた 
「この世は 永遠に続くか」と
風と共に 頷いた 
「決して 滅びぬ」と
 
せせらぎ響く小川で その者は語ろうた
「愛しき子 汝らの 問い応えよう」
ひとつ 穢れの子が問うた
「この世は 平和であるのか」と
清水の様に 囁いた
「約束しよう」と
 
炎吹く山で その者は語ろうた
「愛しき子 汝らの 問い応えよう」
ひとつ 修羅の子が問うた
「この世は 荒み飢えぬか」と
温もり纏い 微笑んだ
「全て 満たされる」と
 
その者の言葉は 民を躍らせた
沈む 沈む 事も 知らずに
 
満ちる月が また朽ちるまで 狂言に 踊り揺らされて
道を違う その心も 知らぬまま 戯言に 惑い酔う
 
月のない夜に 明射す暁に 大地と微睡む者に問う
「この世は 荒み飢えぬかと」と
「この世は 平和であるのか」と
「この世は 永遠に続くか」と
その者は答える。神の子は答える。恨みの声を 怨嗟の音を 嘆きと呻きに包まれて なお
「我が子らよ 汝らが為すのだ」
麗しき御心紡がんと 我らは為す 我らが為す
御櫛に口付け血に誓った 祖なる者 敬愛せし 貴方と共に
 
 
 
 
 
「この地の歴史で最も偉大であるもの…功績を遺したもの…それを精霊に限った話は、よく交される話題でございます。それが史実であるのか?それとも空想の中の話であるのか?そのような事は大した問題ではないので御座いませう。伝わればそれは、新たに泳ぎだすのですから。
そのような泳ぎ出した伝説を含め、様々な偉大なるものが有りまする。それらを吟じますのが役目であります、故に多く語りますが。この傍立った者こそが、原初の吟遊詩人、偉大なるもの、そう、史を詩で紡ぎ語り始めた者と言われております。
その詩人が最も強く魅入られ語り、多くを魅了したもの…もっとも偉大であるものにも非常によく上がる名…それこそが祖なる者、原初の精霊、神子と言い伝えられております。この詩は始まりの詩人が始まりの精霊を吟じたものとされておるのですよぉ。
 
我らは歴史を語る者ですが…我らの間ではこの神子と呼ばれるお方は、未だ存在しているとされとります。誰も、その死を見ておらんのです。ええ、忽然と姿を消したのだと…詩人は夢を語ってなんぼ、歴史を語りながらその全てを煙に巻く、そういった者でございませう?脈々続く血筋の指導者様がいらっしゃる事も、浪漫に拍車、軽く口遊みたくもなるというものでござい!
 
さぁ、次は何を吟じませう?」