ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

26人目のサラ

興味のなさそうな母、興味のなさそうな父。物心ついた時、両親はいつだって僕を見ていなかった。

 

 


家には僕と母と父がいた。僕には様々な遊び道具と一つの部屋が与えられた。僕しか子供はいなかったはずなのに、その道具は使われた跡があって、幼い僕は幼いなりに、それを怖いと感じた。僕はその部屋から出たくて仕方がなかったが、出る事は出来なかった。その扉は固く閉ざされていて、両親が食事を持ってくる以外、開く事は無かったからだ。

 


母は熱心に僕に信仰を教えた。父も教えた。全ては大いなるものの意思であるという事。僕たちは大いなるものの子なのだと。そう信じれば僕等は加護を授かるのだと。でも僕には魔法の才能がなかったらしい。全く授かったであろう加護を使う事ができなかった。両親は目に見えて落胆していた。ごめんなさい、と、思っていた。

 


両親は勉強の時と食事の時以外、僕の部屋に来る事は無かった。どれだけ夜が怖いと泣いても来る事は無かった。食事の時にいい子にしていなさいと言われるだけだった。僕は両親の期待に応えられる子どもじゃなかった。でもそれはきっと、僕が魔法が全然使えないからだと思った。だから僕は努力した。ずっとずっとずっと練習し続けた。褒めて欲しかったから。ただ、いい子ね、サラトルガ、って、頭を撫でて欲しかったから。


そうしてようやく使えた魔法が、指先からほんの少しだけ蔓が出てきた事。すぐ枯れてしまった事。それにすごく落ち込んだ。こんなに頑張ったのにこれだけ?母はもっと太い蔓を出して、物を持ったりしている。父は地面を掘り起こして畑を耕せる。僕がたったこれだけしかできなかったら、両親はもっと、僕を嫌いになるのかもしれない。期待外れだというのかもしれない。…捨てられちゃうのかもしれない。僕はそれをとても怖く思って、魔法が使えたことを黙った。秘密にした。もっと、もっとできるようになってから言おう。きっと、もっとコツさえ掴めば、そう思って。秘密にした。黙り込んだ。母は扉を開いて僕を外に出した。土に触れれば、とか、そう思ったのかもしれない。僕は外に出られるようになったが、外も辛かった。花を、木を、土を見る度に、できない自分を見せつけられている気がして。ずっと、耳も目も閉ざして、日陰にいた。何より怖かったのは、僕を呼ぶ声だった。

 


庭の片隅で、僕を呼ぶ声がする。サラ、サラ、僕もサラ、お前も、と、けらけら笑う声がする。こっちに来いと呼ぶ声がする。どれだけ耳を塞いでも、どれだけ目を背けても。その花達は僕を呼んだ。お前も僕たちと一緒なんだよ、こっちにおいで、と。遊ぼうと手招くサラ達の声を僕は無視した。それらが、僕の前のサラ、なのだと。ふっと、気がついてしまった。


怖かった。嫌だった。埋まりたくなかった。僕は違う、違う、そう思った。そう思って、そう信じて、僕は、母に言ったんだ。


ねぇ、僕の名前を呼んで。


どうしたのサラ、という母に、僕はサラじゃない、僕の名前を呼んで、と泣いてお願いした時の母の表情は、記憶に焼き付いている。


見たこともないほどの、落胆の表情。めんどくさそうに、出来損ないを見る目。静かに腕を伸ばしてきて言い捨てた、新しいサラ、という忌まわしい名前。作らないと、という聞きたくなかった真実。


いい子にしてきたのに。意味なんてなかった。その仕打ちは抱擁でもなんでもないただの絞首だ。名を呼んでもらえる権利さえ与えられない、求めれば捨てられる存在。それがサラ。初めから刈られる存在として育てられるのが運命。栄養、水、陽光。適切な環境に置いておけば自ずと育つ鉢植の苗。それが、僕達。


おいで、おいでと、手招く声がどんどん近く、景色が遠く、意識が薄く、黒い目が、母の黒い目が、深く、暗く。殺してやると語っていた。

 


その時に、僕もまた、殺してやると誓ったんだ。

 


咄嗟に下ろした指先から蔦を出して土を掻いた。砂礫が母の目に入り、母が手を離した隙に逃げ出した。のたうつ母に目もくれず、父の追ってくる音も無視をして、ただ、ただただ走った。


アテはない。何も知らない。庭の外、そこに何があるのかもわからない。ただ必死だった。何度も転んだ。走ったことなんてなかったから。息が上がるのが苦しかった。痛かった。全部両親のせいにした。全部、全部、玩具だけ与えて、サラ達と同じく僕を埋めようとした、あの親が悪いのだと。全部両親のせいにした。全部の苦しみも悲しみも涙も全て全て全て悪いのはあの二人なんだと。震える脚を叩いてでも走った。離れないと、殺される。僕は生きる。生きるために産まれたんだ。死ぬためなんかじゃない。捧げられるためじゃない。親のためじゃない。僕は僕として、生きるために、産まれた、筈なんだ。吐いた。汚れた。それでも僕は生きようとした。僕は生きているのだということを、僕が生きるのだと、僕が強いのだと、僕が正しいのだと、ぼくが、ぼくは、ぼくを、叩きつけてやるんだと、ただその一心で。傷ついた。肌は切れた。裸足で足裏も切れた。でも心ほど痛くなかった。痛ければ痛いほど、傷ついた心は砕けずに済んだ。痛みだけが、僕の心を支えていた。

 


走り続けた僕が、死にそうな僕が、ようやくたどり着いた場所が、人間達の住む街だった。煙くさい居心地の悪い場所だった。傷だらけの僕を見て人間が何を思ったのかはよくわからない。でも僕は必死に、殺さないで、なんでもするから。と頼み込んでいた。言葉が通じているのかもわからない。でもそれでも生きたいと伝えた。なんだっていい。生きて、生きられるなら、それでいい。生きて、強くなって、僕を殺そうとした両親を、全ての悪で全ての過ちの、あの夫婦を殺してやれるなら、僕はそれ以外何も求めなかったから。

 


鉄器が蠢いていた。火薬が怒鳴っていた。木々は刈られ尽くされて囁き声も聴こえてこなかった。大地は死んでいた。そんな場所。
僕には居心地は悪かったけれど、そこは凄く静かだった。誰も見ていない。誰も僕の事を落胆の目で見ない。それは僕にとってとても穏やかな場所だった。健やかに生きる事は到底望めそうにない場所だったけれど、そこは僕を殺そうとはしなかった。それだけで十分だった。
人間達は僕達精霊に土を掘らせた。魔力の結晶を掘らせていた。その結晶で人間達の街は機能していた。精霊達はそれを嫌がっていたけど、僕は喜んで掘った。いう事を聞いた。嫌がる同族を他所に、最短距離で、最高効率で掘り続けた。人間達は僕を褒めてくれた。掘れば掘るだけ、位置を知らせるだけ、御飯は増えるし待遇は良くなる。僕は決して逆らわなかった。サラトルガ、そう呼ばれて彼等の食事の席に共につくことや、同じ部屋で眠る事が増えていった。同族に付けられていた手足の枷は、採掘の邪魔であると言うと取ってもらえた。同族の中で、僕だけが。


次第に僕は仕事を任されるようになっていった。だから僕は淡々とこなした。同族に対する友情や親しみはない。そいつらが手を抜いて、位置がわかるくせに掘らない、掘り進めないのは僕が何よりわかるから、だから躾けた。痛みと恐怖で従わせた。反抗させないように力を奪おうと考えた。精霊から直接魔力を吸う方法を考えた。僕はありとあらゆる手段を考えた。僕は力が欲しかった。そのためにならなんでもした。なんでも。精霊としての力が日に日に弱まっていくのはわかった。だから別の力を求めた。鉄器、火薬、油、機械の力。それらはとても魅力的だった。それらは形として僕に応えてくれた。僕に明確な力を与えてくれた。僕は働き続けた。人間が老いて死のうと。無理矢理魔力を奪ってでも生き延びた。なんでもしたんだ。

 


そうして行き着いた先が、僕の求めた力の形が、この街を作り上げたアルファ達と同じ姿だった。


だから求めた。僕はアルファ達に近づけた。僕は信頼されていた。僕は彼等を整備した。彼等をより強くした。彼等を学んだ。彼等を理解した。ただひたすら彼等に近づき、彼等になり、彼等を越えようとした。

 


彼等のリーダーである機体の心臓を握れるようになった頃。僕はそいつに僕を作らせた。いや正しくは、僕の身体をバラさせて、そいつの身体に使った。僕とそいつが混ざっていった。僕と一つになれば、お前は心を知れるかもしれない。ただそれだけ。命と心を求めた機械に対し身体と力を要求した。その結果がどうなるのかわからなかったが、どうでも良かった。なんでもすると決めたのだ。


それに勝算はあった。彼等に心のようなものがあるとわかったから。彼等は時折迷う。彼等の出す結論には個体差がある。それは作られたものであれなんであれ、心、精神、思考だ。その再現ができる機構が彼等にはある。僕の脳の情報を読み取り、再現し、伝達できれば問題はない。それは僕だ。そいつの意思は捩じ伏せてやればいいと思った。殺してやる気だった。奪ってやろうと思っていた。僕を明け渡してやる気など毛頭なかった。


僕とそいつを繋ぎ、一つになって、意識が消えた。

 


次に目を覚ましたのは、僕だった。

 

 


そして最後まで僕だろう。

 


僕が初めて殺した、命だった。

 

 

そうして僕は、機械になった。