ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

不器用なりに

 

他人の事はわかるくせに自分の事がわからない不器用有翼人二人で、以前ツイッターでやった花束をあげる的なやつ。感謝の花束を渡そう。

 

鴉さんって何考えてるのかわかりにくくて書きにくいなって思いました。この人あまりにも関心らしい関心を持たないから思考が散らかっててどうにもこうにも意味が分からないな。まぁそういう人だけど恩を感じる感情位はあるんだっていう、そういう話。

 

染さんも頭おかしいし鴉さんも頭おかしいから頭おかしい子は可愛いなって思いました。

 

 

 

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冬は休眠の季節だ。凍てついた大気から逃げる様に、地熱を求めて羽を休める。今でこそ年中観光客が訪れるからにぎわっているけれど、温泉が最も利用される時期は元々冬だ。栄養の偏る冬は薬湯を飲む機会も多く、森に住まう獣達もよく集まる。
 
最も過酷な耐え忍ぶべき季節への備えとして、毎年秋に神事が行なわれる。それは観光地になった今でも変わらなくて、その期間は宿も休業する。豊かな森の実りから薬材を探し、調薬して捧げ奉る伝統ある儀式。より良い薬を捧げ、より良い薬湯を湧かさせる。今時巫覡様に勝とうなんて思う個体はいないだろうが、それでも数少ない腕比べの機会だ。一度は散り散りになってしまった同胞達の子孫も少しずつ戻って来て、紅く色付き始めている森の中を探し歩いている姿を見かける。少し危なっかしく飛ぶ姿も。
 
今時期空腹で暴れる獣は少ない。だから獣に襲われる事故はない…と思いたいけれど、普段森に入っていない素人がこぞってやってくる季節だから、縄張りに立ち入る事も多くてヌルい事言ってられない。出来る限り高所で、或いは時折崖なども見回ったりして、歳若い緋の鳥達を見守ってやるのが、この時期の俺の日常。俺自身の準備もあるけれど、森を見てやってくれと頼まれた身だ。それを疎かにする気は無い。渡された《おつかいメモ》の事もしっかりと頭に置いて、気になるものがあれば近づく。それを繰り返す一日。普段は数日に一度しか立ち寄らない社に毎日出向いて、成果を報告する。それで、今日もまた終わりだ。
 
 
巫覡様と呼ばれる人は一人しかいない。呼ばれるべき人も。少なくとも俺はそう思う。その人はこの島の長であると言える。俺にとっては育ての親であり、師であり、友人…でもある。いつもは離れの私室に直接行くのだけど、今日は一般客と同じ入り口から入る。真っ黒で結構な大きさの俺の翼はそこそこ目立つけれど、流石に観光地になっただけあって色んな種族がやってくる。その中じゃ、珍しかったり目立ったりはするけど、おかしいとは思われない。注目を集めたり目立ったりする事は得意じゃないけれど、奇異の目で見られないということは俺にとって居心地がいい。特別仲がいいとは言えない旅館の従業員たちも、警戒しているというワケでもなく、俺が来ると館内へ通してくれる。巫覡様を慕う従業員たちの中でも特別懐いている従業員たちは俺と巫覡様の関係に対して随分と関心があるみたいだけれど、別に俺以外でも巫覡様の私室には好きに入っていいはずだと思う。あの人は多分そんな畏まったことを求めていないから。
 
育てきれなくなってしまっただとか、働き口を探すだとか、多くの孤児のような子が住み込みで働いているとぼやいているのを聞いたことがある。よく懐いてくれるのもそういう子だと。部屋に入るのを躊躇いながらも懐いているからこそ俺の事が気になるんだろう。巫覡様も巫覡様で、自分の名前を従業員に教えていないらしいから、特別親密なように見える俺と巫覡様を気にするのは仕方の無い事だ。巫覡、という言葉を名前だと思っている者もいるだろう。そんな中で、その呼称が立ち位置や役職を示す呼称でしかなくて、名前が別にあって、その名前を仲間の内の誰も知らなくて、噂によるとあの人だけが知っている、ともなれば、俺の事をちらちらと見たり、窺ったり…仕方のない事だ。
 
 
「巫覡様、失礼するよ」
「…ん…おお…ええぞ」
 
少し寝ぼけたような返事だった気がする。確かにもう夕刻だし、昼行性の巫覡様には眠い時間だったかもしれない。おつかいメモをわざわざ渡しているのは巫覡様の訳だから、俺が来るのを待つのが道理だとは思う。でも俺はこれで巫覡様が寝てても起こすだけだし、別に怒らない。つまるところ無理して起きようとしてたのかな律儀な人だなぁ、と思った。それだけ。
 
 
「別に今日も何も異常はなかったけど、ちょっとだけ獣の縄張りに入りそうになってる緋の鳥がいたかな。入る前に止めれたよ。紅葉狩りとか木の実を取りに来ちゃうのは制限のしようもないし少し大変かなぁ。一応立ち入り注意の立札は置いておいたから、やれる限りの事はしたね」
「怪我はないか」
「ないよ」
「ならええ。ありがとうな」
 
適当な世間話程度に話は終わらせて、おつかいメモと採集品を渡す。毎日の業務連絡が俺の仕事で、そのために来ているのだけど、俺と巫覡様の会話としてはここからの方が多いし主題だ。巫覡様の方だって業務の確認とか森の状況が心配で毎日報告させているというよりも、コッチを主にするために俺を呼んでいると思う。この人は多分そこまでこの島の事を気にしていない。情が深いのだか浅いのだかわからない人だから。
 
「…どうじゃ、捗っとるか」
「…そこそこ、かなぁ」
 
いつもは親しみやすそうな笑顔を浮かべている巫覡様だけど、薬材を見定めている時や調薬をしている時だけは驚くほど真剣な顔つきになる。俺が私物として持ち込んだ物も含めてチェックする。多分見たいっていうだけの趣味だと思うけど。
 
「…胃薬か…戻し薬か…整腸薬か…昨日は解熱…お前アレか、今年は食中りのか」
「巫覡様…俺が試薬つくる前に答え出しちゃうのやめてよ…」
「今年は気温が暑かったからの。来季を見越したええ判断じゃと思うぞ」
「わかってたけど聞いてないね…まぁありがとうございます」
 
俺が使えるかもしれないと思って一応集めた中でおおよその完成品を言ってしまう癖はどうしても直らないらしい。それが予想通りならまぁ頼もしいのだけど、外れている時は確実にコッチの理論が違うわけだし、あっていたとしても解く楽しみが無くなるのでできれば控えて欲しいと俺は思っている。昔は手順までうわの空で喋っていたからそれに比べれば遥かにマシともいえるけど。頭の中で迄瞬時に調薬ができるとか、多分頭おかしいんだよなぁ。いつもそう思う。
 
「突突の牙は扱いに気を付けるんじゃぞ」
「…よく突突のだってわかるよね」
「折口を撫でて白い粉がつく、折口は臭いが表面は臭わん、爪で弾いた時の音が軽い、大体この三つが見る以外の判別方法じゃな」
「成程なぁ、覚えておくよ」
 
何かは知らないけど拾った、そんなものも全て答えてくれる。ただ渡しただけだけど。そういうのが終わるとメモと照らし合わせておつかいの品目を確認しだす。巫覡様は遠出ができないから代わりに俺がとってくるっていうものだけど、遠出する必要がない位ありふれたものが大抵だし、多分おつかいじゃなくて課題だと思ってる。今までに教わった動植物の分布、採集の手順、似た別種との見分け方、そういうもののチェックだろう。
 
「鴉、コレの主な効果はなんじゃ」
「…ええとね、なんだったかな。…強心薬に使うよね、心臓の運動の活性化だったはず」
「正解、 そんじゃコッチ」
「と、特定の植物毒の中和…?」
「正解じゃ。じゃあ二つを合わせると?」
「…なんだっけ…それ、教えてもらった…?」
「おお、教えたぞ。もう大分前だがの。えー…十…三?そん位前の調薬に使っとったとおもうが」
「十三って結構前だなぁ……嘔吐…?」
「おお、正解じゃ」
 
俺が問題に正解すると、にっかりと嬉しそうに笑う。昔から変わらない、俺にすべてを教えてくれた笑顔。緋の鳥の事も、調薬の事も、ありとあらゆる事を。この人の事を父だとか母だとかとは思ったことはない。呼んだこともないし呼ばされたこともない。それでも間違いなく俺の育ての親と言える存在。
 
「儂が欲しいもんはもう全部頼んだ。後は神事までに自分のを完成させればええ」
「うん」
「いつも通り儂の部屋は好きに使ってええぞ」
「わかった。有り難くお世話になります」
「わからん事があったらいつでも聞いてええぞ。起こせばええ」
「極力控えるけど助かります」
「去年の儂の覚書も作っといたから見たければ見るとええ」
「至れり尽くせりだなぁ」
「あとこれはお節介かもしれんが…二重羽織秋茜と二重羽織黄紋が入っとったが、ワザとか?見間違えたか?似てるからのぅ…」
「あーそれは…うーん…ワザとと言えばワザとだけど…」
「なんじゃ、歯切れの悪い」
「綺麗だろ?黄紋」
「そうじゃなぁ」
 
元々は秋茜の方が欲しかった。二重羽織は紅色をベースにした二色の鮮やかな色の花を咲かせる綺麗な植物。秋茜は整腸剤に使われる。黄紋は正直あんまり使い道がない。何でも使う巫覡様は使い方を知っているのかもしれないけど、少なくとも俺は知らない。姿も生えてる場所も秋茜とほぼ同じだけど、受粉した後の花弁に黄色い紋が浮かび始めるのが見分け方。とてもきれいな花だ。
 
「間違えたにしては摘んだ量が多いからのう。まぁ使えん事はない。ただ他の薬材との兼ね合いが難しいんじゃ…あまり勧めん」
「ああいや、俺は使わないんだけどね」
「うん?なんじゃ、使わんのか。なら何で摘んだ?」
「綺麗だったから」
「…おお?」
「綺麗だなって思ったから摘んだんだけど、おかしいかな」
 
採取したいものの側にあった綺麗な花を摘んだ。それだけ。俺には必要ない。巫覡様は俺を見ている。大した意味はないのに。
 
「客室に飾る花に使えばええか?」
「休みなのに?」
「…そうじゃなぁ」
 
神事の間は社の湯は休業。住み込みの従業員と神事に参加する緋の鳥だけが島にいる状態。客のいない客間を飾り立てる事ほど意味のない事もない。明らかな事だ。
 
「…のぅ鴉」
「何?」
「綺麗だった、以外に摘んだ理由はないのか」
「ええ?そうだなぁ…秋だなぁ、って」
「思ったこと全部言ってみろ」
 
こういうやり取りは初めてじゃない。俺の思考を紐解こうとしてるんだろうなと思う。俺は別に間違ったことはしていないと思うし、間違っていないなら解く必要もないと思っているけれど、巫覡様はそうは思っていないみたいで、寝ぼけ眼もどこへやら、話をする気でいるみたいだ。
 
「綺麗だと思ったよ。で、秋だなって思ったんだ」
「おお、そこまではわかった」
「二重羽織は真っ赤で、巫覡様みたいだなぁって思ってね」
「お、おお?」
「紅いって、いい事じゃないか」
「まぁ、そうじゃなぁ」
「だから摘んだんだ」
「…相変わらず散らかっとるのぅ」
「俺が?」
「それ以外ないじゃろ」
「巫覡様の書留と比べたらマシだと思うんだけどな」
「儂はわかっとるからええんじゃ」
「ふぅん」
 
大きな手の中で、二重羽織黄紋が揺れている。赤と紅、黄。
 
「やっぱり、似合うよ」
「やっぱり?鴉お前、この花どこに飾るつもりじゃった?」
「この部屋」
「お前、儂の為に摘んできたんか」
「え?なんで?巫覡様は摘むのを頼んでないし望んでもなかったんだから違うよ。俺が摘みたかったから摘んだんだ」
「でも儂に渡すつもりだったんだな?」
「うん」
「まずそれを言わんか。言ってから何で摘んだのかを言うもんじゃ」
「そういうもの?」
「そういうもんじゃ」
 
黄紋を束にして、茎の長さを切りそろえて、白い紙で手早く包んで、少し様になった即席の花束を俺に差し出してきた。
 
「…?」
「儂に持ってきたんじゃろ。お前がそう思ってくれたモンを、こんなテキトーに受け取りたくないのう。」
「受け取る側が言うのかぁ」
「注文を付けるっちゅう尊重の形もあるっちゅうことじゃ」
 
返された花束を受け取る。巫覡様は笑ってる。簡素だけど様になってるから、本当にこの人は器用だなぁとしみじみ思う。巫覡になれるだけあって当然のように器用で、調薬を教えてくれる時の手元を見るのが好きだった。今はあまり見る機会がないけれど、昔はよく見ていた。
 
「もう、何十年も前で、正確な年数はわからないんだけどさ」
「おお」
「巫覡様に会ったの、このくらいの時期だったなぁって、思い出したんだ」
 
秋だった。神事が始まる直前、下の世の襲撃が終わって、皆いなくなってしまって、世界に俺だけが取り残された時。
 
「一人で死体を片付けて、名前も知らないから上手く弔うこともできなかった。毎日、きれいだなぁって見てた羽が全部なくなって、紅葉とか、花弁とか、そういう赤しか残ってなかったんだ」
「…」
「そんな時に巫覡様…染さんに会ったんだ。一年振りくらいだった。誰かに会うのが。うん、それを思い出したんだ」
 
交した言葉も、よく覚えてる。きっと巫覡様も、あの日の事は忘れられないだろう。
 
「染さんは俺に何でも教えてくれたし、全部教えようとしてくれた。長い間、ずっと。それがふわふわって浮かんできてさ」
 
ただ聞いている。巫覡様も思い出しているのかもしれない。今までの事を。
 
「お世話になったなぁって、思ったんだね、多分。気がついたら摘んでたんだ。で、部屋に置いてもらえるのか一番かなって、思ったんだよ」
 
花束を、差し出す。巫覡様は笑ってた。染さんはいつも笑顔だ。
 
「また整えて貰っちゃったけど、つまり俺は、あれだね。今まで俺を育ててくれてありがとう、これからもよろしくお願いします、っていう感謝の気持ちってやつを花の贈り物に乗せようとしたんだ。…合ってるかな」
「自分がそれでもいいと思えるならそれが正解じゃ。儂が決める事じゃない」
「そっか。じゃあ正解だよ。この花は飾るも使うも好きにしてくれ」
「おお、ありがとうな!いい子になってくれて儂は嬉しいぞ!」
 
こんなのでいいのかわからないけど、巫覡様は本当ににこにこ笑って俺の頭を撫でる。俺が少し嫌そうにしてても、面で見えないからか遠慮なく撫でる。でも多分表情が見えてても撫でるだろうし、この人のそういう所は嫌いじゃない。
 
「いい子ならもっと手がかからないと思うんだけど」
「はっはっは、素直に正直に喋れるのは十分いい子の証じゃろ」
 
多分巫覡様は俺の事を、弟子であり友人であり庇護対象としての子供と見ている。親のつもりで、保護者。名前を明かしてくれたのも、親としてだと思う。
 
「なら染さんはいい子じゃないね」
「…そうかの?」
「そうだよ」
「そうじゃなぁ」
 
困ったように笑ってる。何を言ってるんだという笑み半分、図星半分、そんな顔。廊下の方に少し視線をやって、何かにため息をついていた。
 
「俺は、巫覡様がそれでいいならそれでいいんだけどね。俺は困らない。そんなに」
「何かあれば言うんだぞ。お前はよく黙る」
「そっくりそのままお返しするよ」
 
俺は立ち上がる。巫覡様はそろそろ眠られる時間だし、今日はお風呂を借りて与えられた部屋で休もうと思う。
 
「じゃ、おやすみなさい、巫覡様。お邪魔しました」
「おお。ありがとうな、鴉」
「こちらこそ」
 
片手に持った花束を軽く振って、俺を見送る巫覡様。さぞかし嬉しかったのだろう。それならまた持って行こうかとも思うが、多分、そういうことじゃないだろうから。また忘れた頃に気が向いたら持って行くとしよう。
 
部屋を出て、本館に繋がる廊下の方を見ると、まだ十歳位だろうなという子供が三人、こっちを見ていた。壁に隠れるように俺を見ている。気分のいいものじゃないけど、害すると言うほどでもない。俺の目的地の方向でもあるから、近付く。怯えているのか警戒しているのか敵視してるのかはわからないが、歓迎はされていなさそうな眼で俺を見ている。
 
「…巫覡様はまだ寝入ってはいないよ。会いたいなら会いに行くといい」
 
壁に寄って道を開けても、子供達は結局俺になんの返事もなく駆け去っていった。警戒を解かれる事もなく、半ば睨まれていたと言っても過言でもない。折角道を開けたのに。
 
まぁ、親に捨てられたり売られたり攫われたり、そんな子供だろうから大概そんなものだろう。他人を警戒して当たり前、信頼する人と仲のいい人を信用できない、奪われるのかと思う、自分の見たものしか信じられない、それが当然なのだから、俺がどう思う訳でもない。
 
親になってあげられないのならそう言ってあげればいいのに。いつでも雛みたいにひっついて、健気に追いかけて、それでも名前の一つも教えてもらえないなんて、さぞかし辛いだろう。手に入らないものを手に入らないと知らずに求め続ける事は、次第に過激になっていく。きっともう、親を求める気持ち以上の事を求めようとしている。まるで、恋心のような、焦がすもの。
 
その行き場のない気持ちを俺にぶつけるのは、仕方がない。非情に徹しきれないお人よしの巫覡様の皺寄せ位、受け止めてあげよう。何より俺は、兄弟なんていらないし、親を知らない子供が親を知らない染さんに親であることを求めるなんて、荷が重すぎるだろう。俺は捨てられはしたけど両親に愛されていなかったなんて思っていないし、分別はつけられるつもりだ。あの子たちが、我が子にさせてもらえないのは俺のせいだと思えばいい。そんな重いものを、調薬の事しか考えられない頭のおかしいあの人に背負わせるのはかわいそうだ。
 
 
花をあげるのは簡単だ。きっとあの人は俺が何をしても喜んでくれる。でもこの、俺にしかできない親孝行を喜びはしないだろう。決して、嬉しそうに笑ってはくれないだろう。親孝行だという事さえ認めないだろう。それでも俺があの人の為にしようと思う事はこれしかないのだから、俺達は、こうするしか、ないんだ。