本編6前半:サラとアレスのお仕事
長くなりそうだったので分けました。ストーリー全然進んでないです。
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その日は朝からじっとりとした湿った空気が満ちており、いつ雨が降ってもおかしくない、曇り空の天気模様だった。
宿屋の部屋、窓辺に座り空を眺めながら自らの黒い長髪を指でいじるとんがり耳の精霊サラトナグ。普段より増して跳ねている癖毛を梳かしたり押さえたりしてどうにか落ち着かせようとしているようだが、焼け石に水。どうにも変わらず、ついには諦めて寝台に突っ伏した。
「...アレス、今日は中止だ」
テーブルで本を読んでいた茶髪の人間の青年、アレストに声をかけた。アレストは本に栞を挟み、不貞腐れたようにしているサラトナグの側へ寄る。その表情は呆れたようでもあり、困ったようでもあり、予想通りというようでもあった。
今、この二人は、巷に出回っていた、あまりにも小さすぎるサターニアの眼球の宝石、そしてこの辺りで発見されたサターニアの瞳を持つ異形のウサギ。この件について調べていた。
ウサギが現れた辺りを馬に乗り周囲を探し、集落を転々としながら探索を毎日行っていたのだが、何やらその作業を今日はしないという。
「あんたの髪型が決まらないから中止か?」
アレストがサラトナグの頭をガシガシと撫でた。されるがまま、僅かに唸る。
「違うよ。僕の髪がこんなにくるくるになる時は、大体雨が降るんだ。土もぬかるみやすいし、遠出するには向かないよ」
「なんだ、てっきり美意識にでも反したのかと」
「む、僕は髪がくるくるになっても美しいだろう?」
「本当にあんたは自信が有り余ってるな...」
アレストはいつも外出時に身につけている濃紺のコートを羽織った。その様子を不思議そうに眺めるサラトナグ。
「今日は無しだ、と言ったはずだけどね?」
「アイツは雨の中を走るのが好きなんだよ。
マトモに降り始めたらすぐに戻る。あんたはここにいてくれ」
あいつ、と言いながら馬屋の方向を指す。アレストが大切にしている馬の内の一頭、黒毛の少年の事だ。
腕白盛りの駿馬である彼は、荷を引かせる仕事の相棒ではなく、オフの日に草原を駆けるため、と大枚をはたいて購入し、アレストが大層手塩にかけて育てている。比較的面倒ごとを嫌うアレストがわざわざ雨に濡れる事も厭わずに外出すると言うのだから、どれだけ大事にしているかは言わずもがなだろう。
「わかったよ。でも...そうだな。アレスト、ちょっとこっちにおいで」
サラトナグは側にかけてあった自らのコートの中を探り、いくつかの種子を取り出した。
その種子と水を差し出し、
「これ、飲んでいきなさい。何か、があると危険だからね」
「...効果と副作用は?」
「君の意識がなくても、君が負傷すれば分かる。僕の意思で発芽させることができる。並みの盗賊程度なら凌げるはずだし、場所も分かるからね。直ぐに駆けつけてあげるよ。
副作用は君には無い。あえて言うなら僕がずぅっと君の事を意識して考え続けないといけない、っていうこと位かな。簡単な事だけどね?ふふふ」
「最悪な副作用をどうもありがとうよ。貰っとく」
約5粒の小さな種子。形はそれぞれ違うが、それでも植物の種子とわかる外見をしている。
しかし、どこか重いような雰囲気を醸し出している。自生しているような植物からは感じられないような威圧感に似た感覚。
受け取り、一気に飲み込んだ。
錠剤を飲むよりもよっぽど簡単に、何かが身体に染み渡っていく。今まで受け入れた事の無いものが、侵食していく。
決して、苦しい、辛い、という感情は芽生えない。言うならば快感と言った方が近いかもしれない。身体の中を探るような流れが、四肢の先から頭までを駆け巡る。足がふらつき、崩れないように耐えるが頭が痺れる。甘い、甘い痺れだ。息を吐き身体を震わせ、耐え難い侵食感になんとか耐える。
最後の波が去った時、目の前にいる精霊を見れば、何故だか驚いた様な表情でアレストを見ていた。
「へぇ。そこまでなったのは君が初めてだよ」
「...そこまで?」
「そう。その種子には僕の魔力がたっぷり詰まっている。今、君の身体に僕の魔力が入っていった。大抵は多少の拒絶反応...吐き気とか、めまいとかは出るけど、直ぐに落ち着く。落ち着くんだが...」
にんまりと、唇が弧を描く。
「君ほど僕の魔力を気持ちよさそうに受け入れた子はいないよ、アレス」
確かに、拒絶、らしい反応は出なかった。
吐き戻そうともしなかった。頭は痺れたが、それはめまいというよりも快感だった。擽られているような内側への侵食も、嫌悪感はない。
アレストは口をつぐむ。一切の拒絶反応を示さなかった事を、言うべきか否か。いや、明らかにサラトナグの顔を見るに揶揄い気味だ。拒絶反応がなかったからといって、何か支障があるわけでもないだろう。
そうかよ、と短く素っ気なく返す。未だにじゅくじゅくとした痺れが脳に居座っている。顔に出さぬよう、目を逸らした。
その様子に楽しそうにくすくすと笑い、満足気に鼻歌を歌い出す。
「僕達、相性いいのかもね」
「あ、僕の魔力を沢山取り込んだから、これから常に僕が側にいるような感覚になるかもしれないけどそれは全然大丈夫だよね?」
「先に言えよ!!最悪だよそれは!!」