今日から奴隷になります。
病に苦しむ母のために、と。家から逃げるように飛び出した。
今日から奴隷になります。
商業都市リード。主に奴隷取引で栄えるこの街は、国外ではなく国内向けの商業の起点。
集まるのは物ではなく情報。探索者ための武器や食料。首都ルーダの華やかな活気とは違い、騒がしく荒々しい。
少年は一人、その街にいた。大人達に負けぬ背をしながらも、少々雰囲気はあどけない。
少年は、近くにいた奴隷商人へ話しかける。
「あの、働くにはどうしたらいいか、聞いてもいですか?」
優しそうな雰囲気の中年男性は、少年の姿を見てにっこりと笑う。
「ああ、働き口を探してるのかい?年は?」
「14。リードラの方から来たんだが、仕組みがよくわからない...から」
「14?若いね...その若さで出稼ぎか...大変だ」
「もう直ぐ15になる」
「私達奴隷商人は、15以上の子じゃないと世話してあげれないんだ。
首都の奴隷管理局へ行ってごらん。世話してくれるから。おおい」
男性は、近くにいた青年を呼んだ。20代程度であろうその人間の青年は、気安く返事をした。
「どーした親父さん」
「この子を首都まで連れて行ってあげてくれ。初めてらしい。出稼ぎだって。えらいねぇ」
「へぇ。訳ありそうだな。おし、じゃあ行くか。
あ!親父さん、俺の分の飯残しといてくれよ!」
「わかってるよ〜、行ってらっしゃい。頑張ってね」
「ありがとう、ございます」
ルーダからは橋が。リードからは渡し船が。それぞれ都市を繋ぐ。
「いいか?行き来にはここを使え。運賃はいらねぇからな」
小さな港から、船に乗り、少し離れたルーダの港へ。国内で最も大きな外交拠点であり、常に賑わっている。
出入りを管理している受付で名を書き、街へ直接続く、緩やかな坂の洞窟へ入っていく。切り立った崖の上にある都市へは、この洞窟を使わないと非常に遠回りになる。危険を冒して崖を登るなら別だが。
首都中央の噴水広場の近くへ出る。広場を囲うように様々な管理局が連なっていた。
その中、奴隷管理局へ入る。
「ここで、おねーさんに話ききゃあどうにかなるだろ。大変だと思うけどよ、頑張れ。
とりあえず商人の手伝いが一番楽だぜ!家がねぇのは面倒だけどな!じゃあなー!」
青年は明るく手を振り去っていった。
助言通り、受付をしている女性達の内一人へ話しかけた。
「あら、ふふ、聞こえてたわ。働き口、でしょ?」
「はい。まだ14なんで、でも、ちょっと、今金が必要なんです。だから、どこでもいいから雇ってくれる所は、ないですか」
「探してみるけど、あんまり期待しないでね〜
とりあえず、名前は?」
「ダン。苗字はないです」
「ダンちゃんね〜、出身とお家では何かやってた?」
「リードラ島で、馬の飼育と調教です」
「あら、お家のお仕事はできなくなっちゃった?」
「母親が病気で、急に金が...」
「あら〜大変ねぇ。でもお馬さん乗れるのね。きっと。
剣や武術はやってた?」
「やってないですね」
「工芸とかは?」
「ないです」
「りょーかいよ〜。お馬さん乗れるならいいわねぇ。商人さんのお手伝いなんて腐るほどあるんだからぁ。他の牧場でもいいかもれないわね。希望はある?」
「ないです。ただ、長期で、給金が出て、最初に銀貨70枚は欲しいです」
「銀貨70...ちょっとそこが厳しいかしら。
マザーの友達なら融通きくかも。とりあえず話して置くから、今日はおやすみなさいな。遠くから来て疲れたでしょ?
はい、鍵。ここから右手に進んだところに、奴隷さん達のお部屋があるから。
308号室。お仕事決まるまではそこが貴方の部屋。
明日はお休みね。明後日以降に決まればお知らせするし、決まるまでは街の掃除とかしてましょうね。ちゃんとお給料出るから」
「ありがとうございます」
「いいわねぇ〜、可愛い人間の男の子って大好きよぉ〜♡私応援してるからね、ダンちゃん!」
「あ、ありがとうございます...?」
マザーとお話し。
「あ、ダンくんおはよう。今いいかしら」
「...おはようございます、おねーさん」
「きゃあ〜♡今日もかわいい〜♡仕事来るのが楽しくて仕方がないのよねぇ最近!ここ70年で一番楽しいわ!」
「いくつなんすかおねーさん...」
「ほほほ!精霊に年齢聞いても意味ないわよ♡
今日は街でのお仕事は無し!
代わりに、いらっしゃい、マザー...えーと、奴隷管理局の一番偉い人で、マザーって呼ばれてる、リヴァイラっていう精霊の女性がいるんだけど、お話があるみたい」
ーーーーーー
「失礼します」
「おや...聞いていたよりも可愛らしい男の子でしたね...いらっしゃい。お茶を用意しましょう」
「え、あの、おかまいなく...」
「ふふふ、いいのよ、甘えて頂戴。その位しか、楽しいことがないの」
そこにいたのは、穏やかな微笑みを浮かべた、青い髪をした女性。老いてはいないが、若いとも言えない。ゆったりとしたローブを着ており、正に、マザーと呼ばれる女性だと一目でわかる。
「ダン、と言ったかしら」
「はい」
「...可愛いわねぇ」
「...よく精霊にそう言われます」
「そうよね。なんだかすごく美味しそうに見えるわ。食べたりしないけれど...ふふ。初々しいからかしら」
マザー・リヴァイラは、少年をソファーへ座る様促し、その隣へ座った。
「14、と言っていたかしら。でもお金が欲しいって。
街で働いていて貰った貴方を見て、ぜひ雇いたいと言ってきた方がいるわ。私の友人。
正式に働くのは15歳から。でも、街での生活の面倒を見る、っていう形で、早くから引き取ってもらえる事になったわ。
お金の事、だけど。
貴方がここにいた間の衣食住代は、全部引き取り手が払う。そして、給金はまず前払い。
合計で銀貨100枚と言ったところね。ここにいた期間が短いから、ウチには30、貴方には70。
これからの貴方の生活を考えると、10枚は余分が欲しいと思う。だから、局への取り分は20でいいわ。今後、働いて貰ったお給金から少しずつ返してくれればいい。どうかしら」
「...俺は何にもしなくて...?」
「いいのよ。元々、何をすればいいのかわからない子達への制度だもの、奴隷って。
雇い主は商人のライネイ、という名前の女性の精霊。いくら貴方が可愛くても、取って食べちゃう様な子じゃないわ。安心して。
えぇと、そうね。もしも辞めたくなったら、まずここにいらっしゃい。辛かったり、嫌なことを雇い主にされたらすぐに言うのよ。
貴方に何をしてもらうのか決めるのは雇い主。それをするかは貴方が決める。
先にお給金をもらっているから、少しは嫌な事でも頑張って欲しいけど。でも、本当に辞めたいならもう一度管理局が貴方を買い取る。そしてまた、しばらくは街や国で働いてもらうだけだから。安心してね」
「...ありがとう、マザー」
「いいのよ。ふふふ、貴方達を導くのが使命ですもの。明後日にライネイが来る予定よ
あ、そうそう。そんなに直ぐはないと思うけど、貴方の場合は銀貨70枚。これを雇い主に払えば、相手が何と言おうと、貴方は一人になれる。交渉次第ではお金はいらないっていう雇い主が多いけど...覚えておいてね。独立したりする時に必要になるわ」
雇い主に会う。
「初めまして、ダン。今日から私の奴隷!
はい、これ!欲しかったろう?お母さんのためだって言うじゃない!?もう感動!!持ってきな!」
「え、いや、あんまり自分では持って行きたくない...」
「じゃあ送っとこ!
いいねー、なんだろうね、なんか君いいね。うんうん。さ!先ずは似合う服を買おうか」
「...仕事は?」
「したいの?珍しいねー。いいじゃん、初日だよ?」
「仕事するために出てきたから...一応...」
「故郷、奴隷いた?」
「いや、制度は知ってたけど、殆どいない。みんな生産者だった」
「ああ、ならそっか。わかんないか。
この辺の精霊の商人はみんな、奴隷を雇う時は家族の感覚で雇うんだよ。みんな寂しいからさ。
奴隷商人もそう。自分の育てた我が子が一番輝ける所で働けるように、国内を這いずり回ってでも働く場所を探す。売った後も毎年の様に顔を見せて、辛そうにしていたらまた買い取る。それを繰り返してるんだよ。
人間の商人は知らないけどね!国外への輸出は多少は利益目的でやってるだろうけど、みんな、旅の仲間が欲しいだけ!!
いいもんだよ、国内回って、珍しいものを見て、みんなで美味しいもの食べて。物を運べば生産者さんからお野菜もらって、みんなで鍋。港の積荷を下ろす手伝いは、漁師から魚をもらって焚き火を囲って。みんなで歌を歌いながら荷馬車に揺られるの。
私達は、一緒に仕事をしてて、リーダーが決まってるだけの家族。わかるかなー?難しいかな。
ま、ゆるーく働いてくれれば助かる、って事!」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんなの。どっちが使えてんだかわかんない、っていつも言われてるよ、奴隷と雇い主の関係は!
ささ、ほら!買い物行くよ!こんな可愛い人間の子と買い物行けるなんて楽しみで仕方がなかった!子供欲しかったんだけどねー」
少年は未だに思い描いていた図と違う状況に戸惑う。しかし、あまりにも屈託無く笑う、白髪混じりの女性の笑顔にほだされ、差し出された手を握り返した。
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とりあえず書きなぐる。
ここから2年働くうちにすっかりスレたダン君は、ショタジジイ精霊ことサラトナグさんに買い取られるのでした。