ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

サラ先生の夜 キスの日(モブ)

左手の指の間に、慣れない持ち方で、態とらしいほどに慎重に、口付けて吸う。眉を少し顰めて咳き込む。隣の席に座る女性から、笑い声が漏れた。

 

 

見られちゃった。教え子達よりも幼く見える位に照れてやれば、女性は少し、こちらへ距離を詰めてきてくれる。中々に優しいお嬢さんだったようだ。少し小馬鹿にしたような表情で、大丈夫?と。僕の手元にはなかった水を、差し出してくれた。

 

今更タバコの煙なんかで咳き込むことは無い。

バーの店主は、いつもこの席で悠々と煙を吐く僕を知っている。彼は何も言わず、僕から目を離した。

 

 

夜の歓楽街。一般に晒すには、少々目にも身体にも毒な艶やかな街。金と欲望が往き交う街。

毎夜と言えるほどでも無いが、明日を考えなくてもいい日は、ほぼ必ずこの街へ来る。酒を煽って金をばら撒いて、美しい肢体を選んで、健やかに眠る。

そうして迎える朝は、疲れを全て抜き取ってくれるのだ。生徒にバレたらなんと言われるか。いや、今更だ。何も変わるまい。

 

仄暗いライトが店内を照らすこのバーは、僕が贔屓にしている店。気の利く寡黙なマスターが、いつだって僕の楽しみを惹き立ててくれる。危ないお仕事の人や荒々しい人があまり来ない事から、何より一人の女性が多い。一人で深夜に酒に溺れる女性だなんて、それだけで美しい。思わず手を伸ばしてしまっても当然だ。...あくまで、持論だけれど。

 

丁度今夜僕の隣に座っていた女性は、やけに灰皿に感情をぶつけているようで、なんとも手馴れた様子で吸い殻を重ねていた。

少し高飛車な、男を見下しているような、僕の事を、この一瞬で、坊や、だとみなしたような。そんな真紅の似合う女性。

好みだとか容姿がいいとかはどうでもいい話。この女性が、僕に興味を示した。それだけで十分。

寄せられた距離を僕の方からも少し詰めて、隣の他人ではなく、知り合いへ。水を受け取ってありがとう、と飲めば、満足げに彼女は微笑んだ。

 

こうなればもう、何も気にする必要はない。流れ通りに、女性の求める坊やになるだけ。よく来るの?何かあったの?自己紹介代わりのよくある話、を互いにして、名も知らぬまま、もっともっと深い仲へ。

あなたがあまりにかっこよく吸うものだから、真似してみたくて背伸びした。情けない坊やがお好きな女性は、照れる訳でもなく、もう一本取り出した。火を差し出すとまた機嫌が良くなる。あなたも吸えば?教えてあげる。断る男がいるだろうか。火をいただいて礼を言えば、ほらもう。僕らは男女になった。

 

ご指導いただこうじゃないか。嗜み方っていうのを。全部酒のせいにしてしまおう。嫌がらないんじゃなくて、嫌がれないだけ。そういうことにしておいてあげる。

甘言に勾引かされて、照れを隠して酒を進めて、ふらふらと男の肩にもたれて。マスターに当然のように二人分のお勘定。外の空気を吸いに行こうなんて、優しさからその言葉が出る男は、ここまで女性を酔わせない。

分かりきった筋書き通りの夜を、どれだけ楽しめるかが醍醐味だ。

 

さぁどこへ行こう。熟れきった美しい女性を他の男に見せる訳にはいかない。人目を避けて、物陰で。大丈夫かと声をかける。答えずに緩く鳴く女性。言わなくてもいいでしょう、とでも受け取ればいいだろうか。

いや、それしかないのだ。高飛車なそのお顔が、どこまでのものなのか、剥ぎ取ってしまいたくなる。

ご期待に添って、抱き寄せて、坊やが男になる瞬間を見せてやろう。自分が育てた男が、牙を剥く姿がお好きだろう。

 

真紅のルージュに唇を寄せて、愛なんてない、同意の為だけのキスを。無礼な男の頬を引っ叩いてみればいい。それができない人じゃない。気丈な女性だったろう。男よりも堂々と、美しく煙を纏った女性だったろう。なんだいその目は。逆らう気など元からないような、蕩けきった子猫の眼。髪を乱されるように抱え込まれたままのキスがお好きなようだ。胸元にかかる手が、僕のシャツを、弱く確かに掴んだ。

 

歓びに満ちる騒がしい町は、僕と彼女には似合わない。

あのバーのような、二人きりで、言葉を交わすことなく語り合える場所へ行こうじゃないか。

離れた唇同士を繋ぐ糸が、切れて、彼女が僕との視線を逸らす。手を握り、腰を抱いて、いこうか、と。言葉はなく、握り返された掌。細く美しい女性の指が、これから僕の男の指と絡み合うのだと思うと、これ以上にない満足感が満ちていく。にやけるような表情を抑えて、あくまで、女性の付き人として微笑む。僕は結構役者気質なんだ。

 

さぁ、日が昇るまで。一晩かけて、彼女の身体に染み付いた煙の味、食い尽くしてあげよう。