ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

本編9ーA:アレスのお仕事?

本編9、アレスト視点。もうちょっとの間、サラトナグと行動が分かれるため、分岐します。

 

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あの日から、もう、十年以上経っていた。病に臥せた母を、暴力的な父親の元に残して、故郷を去った日。毎月出される給金と一筆を添えて仕送りをしていたが、今まで一度も返事がきたことはなかった。
母は優しく接していてくれたが、自分が母に会うことを大層嫌っていた父は、自分が母の私室に近づいただけで怒鳴りつけ殴った。きっとあの男は病的と言っても差し支えないほどに母を愛していたのだと思う。
もう決して会うことはないと思っていた。けれどそんなわけにもいかないようだ。決別の儀は必要なもので、避けられない物なのだと。
いや、今しかないのかもしれない。十年の時を経て成長した。昔とは違う。今ならあの暴力を振るう父親に負ける気はしない。優しい母を、救ってやれるだけの金もある。囚われ続けていた父親から、放たれる機会は、ここにしかないのかもしれないのだから。


調子よく駆ける馬の背に揺られて、気持ち足早に首都に向かっていたところだった。後ろを着いてくる素性の知れないアルファの女性は、黙々と何か言葉を発することもなくついてきた。休憩はいるかと聞いても、自分には不要だと言うのみ。自分自身も長い間共にいるということはあまりしたくなかったのでちょうどいい事ではあったのだが。幸い、体重は非常に軽いのか、馬への負担も非常に少ないものだった。休憩もそこそこに、街への道を急ぐ。

 

平穏そのものの凪ぐ草の波。街についたのは、日のすっかり沈んだ夜だった。柔らかな暖色の光が街中を照らし、国の高所に位置する立地の事も合間って、街そのものが灯台のようだ。

 

先に馬の背から降り、後をついて来ていたアルファの元へ近寄る。手を伸ばし、降りるのを手伝おうとした。相手が機械相手であれ、女性にこういう事をするのは当然であって癖だった。淡々と俺の手に、白く細い綺麗な女の手を置く。人肌ではない、肌の感触。しっとりと手に馴染み、重みはあるが重くはない。人間の腕よりも軽いように思えた。

どこかで、触れたことがあるような感触だった。身体は覚えている。だが、思い出せない。彼女を抱きとめるように馬から降ろす。細くて軽いまごう事なき女の身体だ。だが、軽すぎて固い、人間の肉の感触とはまた大きく異なる感覚もある。

 

「どうかなさいましたか、アレスト」

「いや、なんでもねぇ。いくか」

「はい」

 

馴染みの守衛が馬を預かる。また別嬪を連れてきたのか。向けられた軽い笑いに、ぎこちない笑顔しか返せなかった。もしもこれがいつも通りの夜遊びなら、自分も軽く冗談で返して済ませたのだが。しかし、守衛は笑顔の不和を感じた様子もなく、自分とアルファを街の中へ送り出した。

 

 

なんら問題はなかった。王城の前に行き、キリカという女性はいるかと門番に聞き、いないでござる、という聞きなれない言葉を耳にはしたが、あのアルファの身柄は王城に引き取られた。透き通ったガラス玉のような目が俺を見ていた気がしたがどうでもいい事だ。俺はただの商人で、お偉いさんにここまであいつを連れてくるように言われただけ。王城という国の施設に渡したのだから問題もない。

 

任務は遂行された。役目は終わった。そう、医者に行けと言われていた。まだある。やらなければいけないことはまだあるのだ。だがもう日は落ち、街の様相はまさしく、夜の街、へと変化していた。医院がやっているわけがない。宿をとって、明日の朝いこう。宿泊施設が腐るほどに立ち並ぶ宿場町へ足を向ける。これで、明日の朝までは。朝までは、やらねばならないことがある。

…その後は?その後は、何もない。決別をしに家へ…行かねばならない訳ではない。行ってみては、と言われただけなのだ。行った後も、どう行くかも、どうするかも、自分で選べということだ。

 

それが酷く、憂鬱だった。街に出てきて10年がたった。ただただ仕事に従事してきた。何も決める必要はなかった。命じられたままに、あるいは金になることを、ただただ選んでいればよかった。行動を決められていた。自身で決めずに済むという気楽さに慣れ切ってしまったのだろうか。もとより何かを自分で決めることなど許されていなかった。そのほうが、落ち着くようになってしまったのだろうか。探ったところでわかるわけでも、この不安がぬぐえるわけでもなかった。

…きっと彼は、自分に、過去との決別を果たせと命じたに違いないと、そう思うことにした。そう思うだけで、胸の中にかかる重圧が、驚くほどに軽くなった気がした。この重みはなんなんだ。苦しく、辛く、締め付けてくるこれはなんだ。焦燥?深呼吸を阻害するイメージはまさにそれだ。酩酊?こみあげてくる吐き気は出来の悪い酒を喰らった後の身体の拒絶に限りなく近い。身を蝕んでいると感じる。そんな苦しさから、【彼が命じたに違いない】という妄想は、呆気ないほどに自分を救う。

 

 

おぼつかない思考のまま、視界に入るほのめく明かりの群れをながめた。自分が何を考えているのかもわからない。とりとめなく、情報だけが頭の中にやってきてはとどまることもなく流れ過ぎ去る。まるで痴呆のようだ。混雑、思考の放棄、この現象にどのような名称をつければもっとも適切であるのかはわからなかった。この状態は歓迎すべきものかどうか、というのもわからなかった。

ああ、いや。歓迎すべきことではなく、異常な状態であることはわかっている。あの精霊に一時の別れを告げられたあの瞬間から。自分が、明確な異常に巻き込まれているのだと、そして、あまり首を突っ込みすぎるなという、当然の処置をされた瞬間から。何かに見放されたような、あの絶望感に犯されてから。わかってはいるのだ。

だが、この痴呆の状態で、よかったのかもしれないという思いがあり、一概に悪いことだとは言えないのではないかと感じたのだ。もしそうでなかったら、それはそれは滑稽に取り乱し、ぼろぼろと泣き崩れ、無様な姿をさらしていたのではないかと。そう思う。

 

「生まれつきの、呪い、ですかな。最近なにか、急激な運動などで過労状態になっておりませんかな?今まで蝕まれていた分がそれにより急に発現したのでしょうなぁ。してもしなくとも、短命は確実だったでしょうが。恐らくもって数年の身体でしょうな。お大事に」

 

「もう数百年以上前の流行り病のようなものだと聞いておりましたが、珍しい。運がなかった、ということでしょう。見れたワシは運が良いのかもしれませぬが」

 

「薬。そんなものはございませんなぁ。いうのであれば、豊潤な魔力を摂取し続けることです。その身の穢れを多少なり浄化することは可能でしょう。延命にすぎませんがの…」

 

「わしら医者のまがい物の間では、精霊の怒り、などとよばれとるものですじゃ。まぁまぁ、そんなこともありますわい」

 

 

じーさん、俺の命、軽く言ってくれるねぇ。