ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

51人目のサラ

優しそうな母、優しそうな父。物心ついた時、両親はいつだって笑顔だった。

 

 

家には僕と母と父がいた。僕には様々な遊び道具と一つの部屋が与えられた。僕しか子供はいなかったはずなのに、その遊具は使われた跡があって、幼い僕はそれに何も感じなかったけれど、きっと、おかしかった。僕はそこから外に出る事は無かった。

 

母は僕をとても大事に扱った。僕は精霊として、信仰を教えられた。全ては大いなるものの意思であって、僕たちは大いなるものの子供だと。その通りに育てられた。

父も僕を愛した。両親は僕を美しいと愛した。口々に褒めた。

 

 

毎日窓の外を見て、庭の草花に想いを馳せた。透明なガラス一枚。鍵を開ければ届く景色。僕はお行儀よく眺めるだけ。両親はとても仲が良く、いつだって側にいた。両親の笑顔を裏切れない。僕はいつだって良い子だ。

 

外に出てみたい。草木と触れたい。土に触れたい。

 

 

 

僕の観察記が7冊あったことを覚えている。

外に出たいと願いながら庭を眺めていた。

 

ああ、そこの花壇のあの花はとても綺麗だ。枯れないで。まだ咲いていて。ずっと。

冬が来てもその花は枯れなかった。母は僕に問うた。僕は答えた。咲いていてほしいと願ったと。

母は僕に土を触らせた。僕はそこに弱々しい蔦を生やすことができた。両親は大変喜び、更にその魔法を使うようにと言った。僕は庭に出ることを許された。

 

 

母と父は言い争いをする事が増えた。僕の前ではあまりしなかったが、仲が悪くなった気がした。母も父も、別々に僕を愛すようになった。

 

サラ、と母は僕を呼んだ。父も僕をサラと呼んだ。サラトナグ、が僕の名前だったが、その名で呼ばれた記憶はない。僕はサラらしい。

 

 

 

庭の花々と会話をする事になった。僕はサラだと言うと、皆一様に僕もサラ、私もサラ、と言った。幼い様だった。僕よりも幼いサラ達が庭には沢山いた。サラはあなただけじゃない。いつこっちへくるの?早くおいで、遊ぼうよ。何度も語りかけられた。僕は両親から離れ、庭で1日を過ごした。

 

 

母と父は段々仲が悪くなっていた。僕はその頃には気付き始めた。僕の事で言い争っているんだ、と。

 

僕は母に言った。仲良くしてほしいと。母は悲しそうに、そうね、と答えた。父と母は分かり合えないらしい。

 

僕は父に言った。仲良くしてほしいと。父は顔をしかめ、そうだな、と答えた。父は母と一緒にいたいらしい。

 

 

 

 

僕の観察記が10になった。母は僕を呼び出した。夜の庭だった。

母は僕を絞め殺そうとした。僕を、大地へ捧げようとした。僕には反抗する力は無かった。

きっと、大地が、大いなる母が僕を選んだ。僕が操れたのは弱々しい蔦だけだった。その時僕の背後から現れ母を絞め殺したのは、もっと巨大な蔦だった。

冷たくなった母に触れると、母の体は風に消えた。その代わり、そこには見たことのない植物が生えていた。きっと母だ。僕の身体はその母を受け入れた。

 

 

父が庭に来て僕を見つけた。

父は大層母を愛していた様で、大きな声を上げて静止した後、発狂した。

父は、母が僕を殺してしまったのだと思い込んだ。父の目には僕が妻に見えていた。

 

僕を愛してくれるのは、家族は、父しかいない。僕は父を守り愛そうと決めた。

 

僕は、母になる事にした。

母がかけていた眼鏡をかけて、母の服を着た。

僕には自室の代わりに母の部屋を与えられた。

 

 

 

母の部屋には沢山の紙が溢れていた。

母の部屋に出入りできる様になって、ようやく僕が、51人目のサラ、だと知った。

 

僕は。僕達サラは、大地への供物だったらしい。

子供なんて、そんなものなのだ。

 

 

 

 

母になってから、信心深い母の残したサラの観察記や日記を読み漁った。

新たな命を授かり、ある程度育て、大地へより大きなものとして返す。それが母の信仰の示し方だった。100年以上続けてきた様だった。父と共に繰り返してきた。

皆サラ、だったのは、誤って他のサラの名で呼んでしまわない様にだったそうだ。そんな小細工を、何度も。

 

母は、大いなる加護を求めた。己への加護、永遠の美、命を求めた。50人...時折逃げているようだが、数多の自分の子供を手に掛け捧げた。そうして奇跡が起きた。僕が生まれた。

 

それは母の望む形では無かった。母は己と夫への加護を求めた。僕は求められていなかった。

大いなる母は、きっと、今迄のサラが【失敗作】だったから捧げたのだと思ったのだろう。その信心に応え【成功であるはず】の僕を産み落とさせた。

けれど母は満足しなかった。僕さえも捧げようとした。それは大いなる母の怒りに触れた。

 

少なくとも、僕はそう感じた。

父も、僕こそが加護だと思った様で、僕を殺すのを躊躇っていた。そうしてだらだらと10年、僕を育てた。僕の自意識が芽生える前に、純粋で汚れを与える前に捧げようとした母は、一人で僕を捧げようとした。結局は無駄に終わったが、その結果が、発狂した夫だ。

 

悲しい話だと他人事の様に思っていた。なんにせよ誰かが僕を愛してくれるならそれでよかった。僕は母の振りをして父に愛され続けた。おかしくなった父は、実の息子を亡くした女を慰め続けていた。僕は愛され続けた。

 

 

 

次第に僕の身体は成長し、男へと近づいていってしまう。そうすれば、僕が妻でないと父が気づいてしまうかもしれない。僕を愛してくれる人がいなくなってしまう。僕の家族がいなくなってしまう。僕は祈った。大いなる母は、僕と【サラ達】の子を取り込めと僕に教えてくれた。取り込み続けた。

 

 

父は、僕がいつまでたっても次の【サラ】を身籠もる事が無い事に気がついてしまった。

もうどうにも足掻くことは出来なかった。

 

愛する女を殺した息子を殺そうとした。

今度は僕が、僕自身の手で、僕の意思で、父を絞め殺した。

僕は、両親よりも自分の命を選んだ。父も受け入れ、サラ達も全て受け入れ、一人で暮らした。

 

 

 

 

寂しくなってしまった。愛されたい。愛されたい。その一心で、人間達の住む村へ降りていった。人間達は僕を物珍しそうに見た。

その中で、息子を亡くしたという女性がいた。僕は彼女の息子になろうと思った。彼女は僕を受け入れた。美しい僕を大層気に入った。

 

美しい、以外の言葉をかけられた気がしなかった。日に日に美しく成長していく僕。村でも評判になった。そんな僕を彼女は大いに愛した。彼女は僕を息子として見ることはなくなっていた。僕は美術品だった。持っていれば羨ましいと言われる物。彼女はいつだって僕を見て恍惚の表情を浮かべた。

彼女は僕を生き物として愛してくれない。

僕は彼女の目を盗み、愛してくれる人を探した。さみしい。愛して欲しい。そう言えばどんな人間も僕を愛してくれた。それでよかった。愛してもらえるために何でもした。ただひたすら喜ばせた。そうして最後に与えられる愛が、それだけが、僕の寂しさを埋めた。

 

 

僕は美しくなければ愛されないのだろう。

美しければ、愛されるに違いない。

 

僕はずっと美しいままでいよう。彼女もこういう。あなたは美しいままでいてね、サラトナグ。初めて呼ばれた僕の名前。51の中の一つではない、僕だけの名前。

どんどん老いていく彼女が僕にこのままでいてという。大いなる母も僕に美しくあり続けられる術をくれている。このまま。このままでいいんだ。このままでいれば愛されるんだ。このまま。ずっと。

 

 

ずっと、ひとりで、うつくしいままで。