ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

【閲注】いつか必ず迎えに

 

本編より700年位前の、建国されてまだ浅い時期の話。

戦争が終わり国が統一、様々な制度が改定されて、でもまだ馴染まず、国が国としてまだまだ荒れて豊かでもなかった時代。ルウリィド国が平和に安定してきたのはマザーの力が非常に大きいので、それまでは結構殺伐としてたんだ、っていう話。マザーはすごい。

 

奴隷の描写があります。残酷、ちょっとグロ系の話です。ご注意ください。

 

今から10ヶ月くらい前のssを覚えてたら少しあぁ〜、ってなるかもしれない。

 

 

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「…明日の夜明け前には出航する。いいか、この便がこの国から出る最後の便だ。逃したら次はねぇと思え」
「ああ、恩に着るぜ。…お前は?」
「…俺はこの国に残る」
「どういう気の変わり様だよ。ついこの間までもうこの国は終わりだとか散々言ってた癖によ」
「…終わりなのはこの国じゃなくて、俺なんだよ」
「…どういうことだ」
「目ェつけられたんだよ。俺は運良く取引現場の差し押さえはされなかったが…少なくとももう、違法取引をやってける身分じゃねぇ。…ほんとは俺が乗ってトンズラする為の船だったんだぜ?同業者のよしみだ。…うまくやれよ」
「マジかよ…」
「十人分くらいは取ってある。余計な荷物は捨てとけ」
「おう。…助かった!ありがとよ!!」

 


「おい!!出せ!夜明けまでに海に出るぞ!!急げ!」
「ウス!!」

 


お馬さんの鳴き声で、動き出した。曇り空の夜。ボロの馬車、がちがち揺れて音のなるカンテラ一個の灯り。荷台に詰め込まれたのは、僕を合わせて13人の、奴隷。
積荷を雨風から守る為ではなく、積荷を隠すためのボロ布は外の会話を遮ることなんて少しもしなくて、僕達はきっと全員がわかってた。自然と何人かが少しだけ視線をあげて、周りを見て、数を数えていたから。


「空いてるのが10人分位しかねぇんだと。少し処分してくらぁ」
「い、今からやるんスか…?」
「あぁ!?お前を処分しても俺は構わねぇんだぞ!?」


飼い主と、馬引きで二人。だから、ええと、8人残れて、13人だから…


…5人くらいが、ここから処分される。


でも。


処分されなくても、どこかに売られる。そこでまたひどいことをされる。それは変わらないことなんだって。


僕はわかってる。

 


「ッたく、めんどくせぇなぁ?お?この中でぇ〜ハァイぼくちゃんおっちんであげてもいいでちゅ〜っていう奴はいますかぁ〜?」

「…下衆が」

「…あぁ〜ん?今なんか聞こえたなぁオイ」


僕は咄嗟に目を逸らした。その声が、僕の真隣から出た声だったから。僕は言ってない。必死に無関係を装うけど、その必要もいらないようだった。


「下衆だと言ったんだ醜男」


そういった本人が、飼い主の男を睨んでいたから。隠す気もなく。


生きていたくないのかなぁと思った。


当然飼い主はそんな事を言う奴隷に容赦なんてしない。 殴られるし打たれるし犯されるし時には殺される。


僕は胸倉を掴まれた反抗的な(恐らく僕と同じ歳くらいだろう)少年を盗み見た。その奴隷の価値によっては、本人ではなく別の奴隷が、脅しや見せしめの為に殺される事もある。
…この飼い主が冷静なら、僕はきっと殺されない。僕はアルビダで、非力だけど、奴隷の中では一番殺されにくい種族だ。僕はそれを理解していたから、きっと間引かれるのは人間の奴隷のどれかだろうとか、そう思ってた。


でも今この飼い主は頭に血が上ってる。もしもこの命知らずが僕よりも価値が高そうな奴隷なら、見せしめに隣にいる僕が殺されてしまうのもあり得る。体格は僕と大きくは変わらないように思う。一番判断しやすいのは顔だけど、頭はボロ布に覆われていて僕からは見えなかった。


この商人のように、プライドだけが高い人間、なら、いいな。それなら絶対、


「(そいつが、死ぬから)」


人間達は精霊様達に負けた。仕組みも少しずつ変わっているけれど、それにいまだに反抗的な人間は多い。一番が奴隷商人。死ぬまで過酷な仕事をさせたり、訳もなく殴ったり、性処理の為の保有だったり、物のように扱う奴隷の所持を、制度を、廃止された。もう国内でそういう奴隷の売買はできないらしい。権力者になった精霊様方が、買わない、から。成り立たない産業になったのだと。


僕たち奴隷は、この国では銅貨一枚分の価値もない、ゴミになった。
だから、外の国に売り飛ばされる。まだ奴隷が使える場所で。監視の目をかいくぐって、貨物船に詰め込まれて、出荷される。


結局僕らは守られることなんてなくて、奴隷のまま、死ぬ。


「(…あ)」


僕の隣にいた少年が胸倉をつかまれて、被っていた布が取れた。とんがった耳が見えて、精霊だとわかった。

そして僕は心の中で喜んだ。


ああ助かるぞ。僕はここでは死なない。この少年が死ぬだろう、って。


綺麗な顔をしていた。見惚れてしまいそうなほど。整った輪郭、漆黒の髪、白い肌、縁取る睫毛、その中の夜にも負けない黒い黒い目が、その少年の価値を物語っていた。


何処かで、捕まってしまったのかな。それとも誰かに所有されていたのかな。きっと高値がつくだろう容姿。けれどその長い耳は、奴隷商人たちが何よりも憎んでいる精霊様の象徴。財産を全部無価値にしてしまった、そういう種族が精霊だから。その容姿で人間なら、妖怪なら、鬼なら、きっと僕が殺されていたけど、大丈夫。


「(精霊が、死ぬ)」

 


大きな音が鳴った。男が振り上げたこぶしが、精霊の少年の顔を殴った音。硬い荷台にたたきつけられた音。僕は少しだけ座る位置を、気付かれないようにずらした。僕の左側にいた女の奴隷も、何も言わず場所を空けてくれた。また殴った。


「おい、なんだその目はよぉ。ざまぁねぇなぁ!?精霊様ともあろうもんが!!間抜けに捕まって!!」


怒っている、様に見える。でも、笑っているようにも見える。飼い主や所有者の顔色ばかり窺って生かされてきたから、そういうのはわかりやすかった。


少年はまだ睨んでいる。


すごいな。


すごいや。


「(馬鹿なのかな)」


だって彼らは勝ったんだ。愚かしい人間っていうものを倒した。違うか。駆除、したのかな。どれだけ殴られても、どれだけ不利になっても、きっと人間の事を馬鹿な存在だって思うんだろうな。

そのほうがよっぽど馬鹿だ。世間知らずってやつだ。きっと知らないんだろう、奴隷が、どれだけ無力なのかって。どれだけ、ゴミとモノの間にいるのかって。睨んだって無駄。口答え何てもっと無駄。抵抗は体力の無駄。
大人しく申し訳ございませんでしたご主人様、って、跪くのが正解。でも、精霊だから。そんなことしても痛いのが止まることはないだろうな。


「(きっと死ぬまで、ううん、死んでもいたぶられる)」


出来る限り、長く。そうしてくれれば。


「(僕等は、安全)」


少なくとも船までは。着いた時、きっと適当に人間とか、老人とか、そういうのが海に沈められて、残りは海の外にいく。
男は刃物を取り出した。少年は時折冷たい声で出す罵倒をやめない。沈む内の一つが、あのきれいな少年の死体になるんだろう。


「(…あ、)」


横目で伺った一瞬に、目が合った。あってしまった。僕はすぐに逸らした。こちらを見た。なんといっていたのだろう。薄暗い中に、黒い目で、少年の言葉は僕にはわからなかった。あの目は、僕に助けてと言っていたのかな。そんなこと、出来ない。小さい悲鳴と、血の匂いが漂ってきた。僕は目を背けた。関わりたくない。

 

 


ひゅうひゅう、空気の抜けるような音。ぐしゃぐしゃぐちゅぐちゅ、濡れる音。耳を塞ぐという行動も、怒りを買ってしまいそうでできない。
男はまだ少し楽しそうに、怒鳴って、痛めつけていた。僕に着せられていたぼろ布が流れてきた血を吸っても、僕は微動だにしなかった。ただそこに有るだけの、石とか、何か、そんなもののようにじっとしていた。きっと、皆そうだ。それが賢い選択だから。


ひどい状況だな、って、他人事のように思った。


だって、他人事だから。


こんなひどい状況はそんなに見たことはない。だから慣れてるわけでもない。見るも無残な光景だし、ひどい臭いだ。吐き気がする。
それでもここにいる皆が一人も吐いたり泣いたりしないのは、男の声が、機嫌がいいから。楽しそうに、もう死んでるとしか思えない少年の、精霊のからだを弄んでいるから。男がそれをやめないかぎり、飽きない限り、僕達は安全だから。


…そんな、安心感の方が、強いから。

 


まだ大丈夫、まだ、大丈夫。まだ、興味は精霊に向いてる。できる限り長く、向いていて。せめて船に着くまで。海の向こうが、まだ少しでも扱いのマシな場所でありますように。できる限り高値で買われて、大事に扱ってもらえますように。着くまでに、僕の価値が、下がりませんように…


「うぉおぁ!?」
「!? あぁ!?どうした!!」


突然、馬車が止まった。お馬さんが鳴いて、馬引きが叫んで、苛立ちを隠さないで男はそっちを見に行った。お尻が痛いな。


…何があったんだろう、一体。


「おい!なんだテメーは!!行け!!轢け!!」
「いや、無、馬がいう事きかねぇんス!!おい!!動け!!」


…誰かが、道を遮った、のかな。ああ、だから、どうだっていう話…

 


「痛かったじゃ、ないか…」

 


僕は隣だったから、気が付いた。ぴちゃり、って、何かが立てた水の音。掠れた、おどろおどしい、声


出るはずのない、声


僕はそちらを見た。右側、先ほどまで、ぐちゃぐちゃにされていた、死体を。

 


「ああ…汚いな…」

 


暗い中で、何かが、はらわたの中で蠢いて、力なく投げ出されていた指先が、ぴくりと動いて、おかしな方向に曲がっていたはずの足が、ぱきん、って、少しだけ大きい音を立てて、


「判決の時間だ、人間」


血だらけの少年が、ぬどりと、立ち上がった。

 

 

 


目が離せなかった。でも理解もできなかった。瞬きもできなかった。ただ眺めるだけだった。道を遮っているのだろうだれか、に対して怒鳴り続けていた男を、少年、だったものの腹から伸びたなにか、が、さしたの、かな、わからない、わからなかった。でも、男はすごく大きな悲鳴を上げてた。


「ああ…ええと…なんだったかな…」
「七項、奴隷再契約、労働者との契約義務の違反により、です」
「ああ…うん…そうだったね…詳しい話は牢でしようよ人間…奴隷への暴力…権利侵害…殺害…強姦…拷問…運送環境も…違法契約もだ…現行犯だ、憶えはあるだろ…?少なくとも…僕はある…痛かったよ、実にね」


ひと際大きい悲鳴がして、何がどうなのかはわからなかった。お月様の逆光で形状だけが見えたけれど、その姿はもう、人の形じゃ、なかった。


「(怖い)」


馬車の後ろから、誰かが乗り込んできた。何人かがいた。灯りを持っていた。暖かい色、僕達は誰も動かなかった。ただ、入ってきた人達が僕たち一人一人に温かい毛布をくれた。声をかけてきた。手足の鎖が、首輪が、どんどん解けていった。温かいスープをくれた。


温かかった。暖かかった。あったかかった。


あっという間に、全員が、馬車から降ろされた。


あたたかいひかりと、あたたかい毛布と、あたたかいスープ。

 


みんな、泣いていた。
ぼくも、ないた。

 

 


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ひとりずつ、話を聞かれてた。僕は、ぼうっとしていた。馬車を止めたのは精霊様達だった。全員長い耳をしてて、ようやく、あの少年も、あの方たちの側だったんだ、って思った。見渡してたら見つけて、目が合った。


こわい。近づいてくる。怖い。こわい、なんで、何で僕に近づいてくるの。ああ、ああ、そうだ、僕は、


「(助けてを、無視したんだ)」


ぞわっと、背筋が冷たくなって、汗が出てきて、震えがやってきて、近づいてくる姿を見れなくて、僕は地面を見るしかなくて、


「ねぇ、君、隣にいた子でしょ」


そう、ああ、こわい、ぼくは、ぼくは、すいません、見なくてすいません、止めなくてすいません、許して、お願い、殺さないで、おねがい、なんでもします、なんでも、なんでもするからころさないで、やだ、やだ、やめて、


「…ごめんね、怖かったでしょ?」


…え、


「嫌なもの見せちゃったよね、助けるのが遅くなって、ごめんね」


あ、


「でもよかった。君が乱暴されなくて。こんなに綺麗なのに、傷ついたら、僕も悲しい」


いま、僕は何を言われた。手が伸びてきた、ゆっくり、微笑んで、なんて優しく、僕を撫でるんだ。


僕は、僕は、


「もう、大丈夫だよ」


僕達の為に傷付いたこのかたの、死を、願っていた、のか

 


「あ、あぁ、うあああ、っ」


ああ、僕はいつから、僕以外の誰かが痛めつけられる事に安心するようになってたんだろう。もっと苦しめられろって、出来る限り長くって、死んでもいいからって、思うように、願うように、なって、いたんだろう。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ぼくは、僕はあなたを馬鹿だなんて思った、死ねばいいと思ってしまった、身を呈してきてくれたはずのあなたを、勝者だなんて妬んで、痛みも苦しみも知らないんだろうって、ああ、僕は、なんて、なんて……


「ごめんなさい…ッ!」


ちっぽけなんだろう。

 

 


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「顔を上げて、涙を拭いて?あとは君だけだ。出身は?身寄りのアテはある?ないなら僕達が面倒を見るから」
「なにも、ないです…」


綺麗な金色のアルビダの少年だ。まだ幼いと思う。たくさんの涙が、蜂蜜の様な瞳からこぼれ出す。ああ、みなしごばかりだ。


「そっか。じゃあ他のみんなと一緒に街に行こう。大丈夫、次は絶対に、酷いことはしない場所だから。じゃ、僕は次に…」
「あ!あの!ぼく!」


まだする事がある。奴隷の扱い、というものを厳しく制定しなおして、多くの奴隷商人が未だにその網を掻い潜ろうとしている。仲間を売った賢い商人から得た情報では、まだ捕らえられる違法商人がいるはずだった。すぐに次の現場に向かおうとした僕を、少年が呼び止めた。勢いで呼び止めた様な、言ってしまった、というような表情で。


「…何?」


そう言った僕の表情と声は、ひどく冷たかったと思う。


「あ、あなたに、ついていきたい」
「…僕に?」
そんな怯えが隠せないような、震えた声で?そう言ってあげた方がよかったのかもしれない。
それくらい、硬く手を握り込んで、一生懸命に絞り出したような声だったから。 


「ご、ご迷惑で、なければ、あなたに…恩返しが、したい、です」
「…」
「できることはっ、少ない、です、けど、がんばっておぼえます、なんでも、します、お仕えするのはっ、初めてじゃ、ない、から…」


ああまた、涙が出てる。あんなに惨たらしい姿を見せても涙ひとつ流さなかった子が、こんなに泣く程、怯えてる。そりゃそうだ、この子が見た僕の姿なんて、化け物、だったろうから。


さぞかし、いい子なんだろう。恩返し、なんて。こんな、僕に。


駄目だと言ってあげた方がいいんだろう。僕なんかについてこない方がいいと、突き放した方がいいんだろう。
でも、


「(きれいな、金色だ)」
「(かわいい、癖毛だ)」


「…料理は、作れる?」
「…りょうり…?」
「そう。ううん、なんでもいいや。裁縫でも、掃除でも、なんでも」
「なんでも、やります」
「やれます、じゃないんだ」
「す、すいません…」
「…いや、いいんだ、それで」


彼女も、何も出来なかったから。
でも、時折、頑張ってやってくれた。きらきらした綺麗な金色の髪を揺らして、僕に見せた。どう?上手くできたでしょう?って。かわいいかわいい、笑顔で。


かわいいかわいい女の子。ちょっと不器用で、少しがさつで、とってもかわいい、僕の大事な女の子。


もういない、僕が殺した、誰よりも美しい、女の子。


「…蜂蜜みたいな、綺麗な金色だ」
「あ、ありがとう、ございます…」


ああ、本当に綺麗な、金色だ。


「名前は?」
「名前…」
「書いてあるかな…ああ、なんだ。クソみたいな付けられた名前しかないのか」
「…ほんとの名前は、わからない、です…」
「そう。そうか、うん、わかった。なら、僕が付けよう。


アレスト。この名前を君にあげよう」
「アレスト…」
「僕はまだする事がある。だから君は他のみんなと一緒に街に行くんだ」
「あなたは、」
「必ず、迎えに行くから」
「迎えに…?」
「そう。そんなに時間はかからないよ。心配はいらない」
「っ、はい、お待ちします、ずっとずっと、いつまでだって」
「…いい子だ。さぁお行き。このハンカチを君にあげる。ね、もう泣かないで、アレスト」
「はい、はい、泣きません、僕は、泣きません…
…お願いします、名前を、教えてください、あなたの、なまえ…」
「…サラトナグ。僕の名前はサラトナグだよ
…サラでいい。好きに呼んで」
「…さらさま…僕は…アレストは…あなたを、お待ちしております…」


潤んだ金色の目が僕を見上げてきた。いつまで経っても離れないその子を、一度、強く抱きしめた。弱々しい、痩せ細った身体。僕の事を抱き返さずに彷徨うだけの両腕が、彼女との、違いだった。

 


「またね、アレスト」
「…はい…サラ様…」

 


必ず迎えに行こう。僕の、アレスト。