ほうさんのお国柄

企画参加用創作ブログ。絵は描けない。文のみ。お腐れ。色々注意。

【閲注:暴力表現】聖母と出会い

 

一人で閉じ篭って生活する毎日は、突然終わりを迎えた。予兆は確かにあっただろうに、気がつかなかった僕が馬鹿だった。気がついたとしても、僕があの場所を自ら捨てて旅立つとは、思わないけれど。
 

森狩りの人間は精霊狩りへと姿を変えて、僕の森へもやってきた。その規模は大きくて、僕は追い立てられるようにそこから逃げ出した。もう、殺してどうにかなる量じゃなかった。僕の居場所は、鉄器と火薬で、簡単に失われた。

 
 
人間達の物になったリード島は、どれだけ巡っても荒れていた。新たな場所にたどり着いて、痩せた土地に種を植えて。どれだけ育んでも、人間達の精霊狩りから逃げる度に、去った地は踏み躙られて、全て刈られて、娘達の悲鳴と痛みが僕を蝕むようになっていた。
どうせ刈られてしまうなら育てない方がマシ、だったのかもしれないけれど、育てない、植えない、そんな選択肢は僕にはなかった。
眷属を増やすということは僕が生きるために必須のことだったし、育むというのが、僕の、生を受けた意味だから。
 
人間達からしたら、間抜けなことこの上なかったのかもしれない。切り倒され尽くした森を、緑を増やしながら歩いていくんだもの。まるで見つけてくださいと言っているかのよう。
嘆きの声に心を蝕まれて、穢れた地に魂を蝕まれて、安らぐ時の無い追い立てられる毎日に身体が遂に追いつかなくなって。意思の通りに動かなくて歩くこともままならなくなった。常に息が上がっていて苦しかった。頭が痛くて視界も歪んだ。訳も分からず悲しくて泣いた。それは死の恐怖というより、志半ばで朽ちる罪悪感だったと思う。自分の信じていたものが、毎日毎日穢れていく。正しくなかったのかと考えさせられる。
もう諦めたとき僕は、いろんなことを思い返して、ぐしゃぐしゃに泣いた。ひたすらに泣いていた。隠れる事もせず、道中で、膝を折って、お母さん、…って。精霊狩りの連中が僕を取り囲んでも、僕はそんな事気にも留めず泣いていた。もうどうでもよかったし、僕にできることは何もなかったんだ。僕がここで自害した方がいいのか。それとも死の時が来るまで祈りを捧げ続けて命を吸われようとも精霊として最期を迎えた方がいいのか。そのどちらかの選択しか僕にはなくて、僕は泣きながら大いなる母が答えを告げてくれるのを待っていたんだ。
 
当然僕は捕まった。そしてその場で地面に倒されて、そう、左腕。左腕を切り落とされた。僕の目の前で斧のような刃物を振りかぶって。一度では断てなくて、何度も振り下ろしていた。
抵抗の意思は湧かなかった。押さえつけられて、動いたら僕の首が飛ぶかもしれない状況、泥の味と自分の血の匂いと肉と骨が何度も殴り断たれる痛みを僕は傍観者の様に感じていた。 連中の話している内容は、僕の耳に嫌というほど入ってきた。次は右腕だって。そう話していた。激痛が意識の遠くにあって、目の前に血溜まりができていく様子が見えて、ピクリとも動かない僕の左腕だった貧相な腕が、転がっていた。ずっと、ずっと、大いなる母よ、この不浄の地に慈しみが溢れんことを、って。祈りながら。次に襲うだろう右腕を切断する痛みを待っていた。
 
 
次第に冷えていくのがわかった。僕の血が流れすぎて体が冷えているんだろうと思った。でもいつまでたっても僕の右腕を金属の刃が断ち切る気配はなくて。意識が遠のく、死ぬのか眠るのかもわからない感覚のまま、僕は瞼が落ちるままに目を閉じた。もう開くことはないだろうと、感じていた。
 
 
 
 
 
予想は外れて、僕は目を覚ました。目覚めはいいとは言えなかったけど、それまで殆どぐっすり眠る事のできない日々が続いていたからか、起きたときは体が軽かった。…左腕がない分軽かっただけかもしれないけれど。
 
そこは僕が気を失った野外じゃなくて、どこかの室内だった。簡素な作りのベッドに、質はよくないけれど清潔そうなシーツ。近くのテーブルには僕が掛けていた眼鏡も置いてあって、僕は誰かに助けられたのか、あるいは、捕まって誰か物好きに買われたのかのどちらかだと理解した。
窓のある部屋だったけれど窓は曇っていて外の景色はよく見えない、気温がかなり低い場所。ただ、とても綺麗な空気、清浄な気が満ちていたから、僕は自然と落ち着いていたし、人間達の炎と土煙の都ではないだろうというのはわかった。
 
 
「…目は、覚めたようね」
「…あなたが、僕を、助けてくれたの?」
「そう。…でも、間に合わなかった」
 
部屋に音もなく入ってきたのは、驚くほど綺麗な精霊の女性。淡々とした抑揚の少ない声で、感情もあまり読み取れない顔をしていた。目を覚ました僕を見て少し表情を変えたけれど、すぐに僕の左腕を見て、悲しそうに目を伏せた。周囲に満ちている清浄な気は彼女と同じもので、僕なんかよりも圧倒的な存在だと見ただけでわかる程、魔力に満ち溢れていた。
 
「貴女が気を病む必要なんて、ないです。こんなに穏やかに目を覚ましたのは、本当に久しぶり。貴女のおかげだ」
「私はするべきことをしたまで。…もう少し、休むといい」
「うん。…ありがとう。えぇと、名前をお聞きしても、いい、かなぁ」
「…ここにいる者は私を聖母と呼ぶ」
「嫌ならいいんだけど、美しい命の恩人の名前が知りたいんだ」
「…ふふ。エーテランテ、よ。貴方は」
「サラトナグ。サラ、って呼んでほしいな」
「その様子なら、きっとすぐに良くなる。左腕は、戻らないかもしれないけれど」
「右腕だけでできる恩返しをすべてさせてくれるなら、なんてことはないよ。…本当に、ありがとう。エーテランテさん」
 
彼女はほんの少しだけ表情を崩して、笑ってくれたような気がした。無意識に動かそうとするけれど存在しないのだから動くわけがない左腕は、僕に痛みを以って現実を見せつけるけれど。それでも笑顔を作ることが、僕を助けてくれた美しい彼女にとって、いい事だろうと僕はおもったから。僕は笑って、美しい女性のために軽口を言う。
 
「それは少し、くすぐったい。さんはいらない。エーテランテで、いい」
 
彼女の凛とした佇まいは、本当に美しいものだった。透き通る肌も、髪も、大いなるものの寵愛を受けた姿だ。
けれど、彼女の笑みは、春に綻ぶ蕾のような、そんな美しさがあったんだ。
 
「エーテランテ」
 
僕はこんなに、自分の心が浮かれる日が来るとは思っていなかった。彼女の名前を呼ぶと不思議とうれしいと思えた。痛みも、怠さも、悲しさも忘れて。今まで抱いていた刺すような『寂しい』が、どこかに行ってしまったんだ。必要とされないといけないとか。そんな思いで媚びる気にはなれなかった。
 
彼女の役に立ちたかった。彼女に必要とされたかった。それはもちろん恩だ。恩返しがしたかった。でもそれ以上の気持ちも、もちろんあったんだと思う。それをきっと、僕らは恋と呼んでしまう。それは僕にとっての、恋だったのかもしれない。彼女の笑顔が見たい。その気持ちは。でも、
 
「そう。それが、私の名前」
 
…彼女の瞳の奥に、暗い暗い、よく知った『寂しい』が、見えたから。僕は素直にその想いを、恋とは呼べなかったんだ。